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「リリー、仮面なしで出るの? すごい騒ぎになっちゃうよ」

 

 一座のテントの中で、アラベルが驚きの声をあげた。
 リリーは微笑んだが、緊張で頬が少しこわばっている。

 

「大丈夫。覚悟はできてるわ。最初から、顔は出す気でいたもの」

 

 もしかしたら、父が逮捕された時点から、この運命は決まっていたのかもしれない。
 あの日、なにもかもを失った。 
 でもリッドだけはいつも手をひいてくれていた。
 それを離したのは、自分自身だ。

 

 広場から歓声が上がる。
 カルピオ座長が、新たな踊り子の誕生を高らかに宣言した。
 ――出番だ。

 

 楽師の口もとから、妙なる笛の音が流れた。
 リリーはまっすぐに、目をあげる。

 

 

 

 

 

 

【 ――  14日目に、舞う蝶は 】

 

 

 

 

 

 リリーの朝は、リッドのひと声から始まる。

 

「朝だぞ起きろ、寝ぼすけリリー」

 

 と同時に、暖かいふとんがひっぺがされて、リリーは思わずちぢこまる。

 

「あと、5分寝かせて……」

 

「3秒以内に起きないと襲っちまうぞ」

 

「!」

 

 リリーは慌ててはね起きた。
 リッドが口端で笑う。

 

「なんだ、残念」

 

「リッドは有言実行だもの。油断ならないわ」

 

 そう言いつつも、リリーは目をこすり、あくびをする。
 リッドは苦笑した。

 

「まだ眠いのかよ。今日はずっと楽しみにしてた日なんだろ」

 

「……そうだった」

 

 リリーはもともと大きな瞳を、さらに大きくした。

 

「今日はパーシャル大市の日ね! 早く準備して出かけないと」

 

「朝食はもうできてるみたいだぜ」

 

「とりあえず着替えるわ」

 

 リッドの手につかまって、ベッドから降りる。シルクのネグリジェが足首をサラリとなでた。

 

「あれにしろよ。淡い青のワンピース」

 

「どうして?」

 

「リリーの金髪と白い肌に、よく似合う」

 

 壁ぎわで腕を組みつつ、リッドは微笑する。リリーは頬が赤くなるのを感じた。

 

「……そうかな。でもこの前買ったばかりの、ブラウスとダークグリーンのスカートも気に入ってるの」

 

 つい、違うものを手に取ってしまう。
 背後でリッドの動く気配がした。

 

「どれ?」

 

 ドキリとするほど近くに、リッドが近づいている。リリーごしにクローゼットをのぞきこんでいるから、彼の体温が肌に伝わってくる。

 

「こ、これよ。3日前にターラーズ洋品店で仕立ててもらったじゃない」

 

「ああ、これね。たしかに試着した時、可愛かったな」

 

 さらに鼓動がはねる。
 これなら、起こしに来た時のように茶化してくれた方がよっぽどいい。

 

「でもそうだな。今日はすごく天気がいいから、やっぱり青色の方がいいな。空に映える」

 

 ハンガーからワンピースを下ろして、リリーに手渡した。
 そしてやけに愛想よく笑う。

 

「着替え手伝おうか?」

 

「……結構よ」

 

 こうしていつも、リッドに振り回されっぱなしなのだ。彼はリリーの護衛なのに、主導権を握られ続けている。

 

 けれど、リッドの言葉をそのまま受け取ってはいけないことを、リリーはわかっている。わかっていても勝手に赤くなる頬や、早鐘をうつ心臓を止められないのだけれど。

 

 4年前、リリーは父親の財力でリッドを雇った。
 リッドがリリーのそばにいるのは仕事だからだ。
 お金のつながりがなかったら、リリーなど相手にもされていないだろう。それをしっかりと覚えておかなくてはならない。

 

 

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