前へ 表紙 次へ

 

 サントーレ協会は、テルシャ広場から坂道を下ったところにある。青々としたサントーレ広場を通りすぎ、両開きの扉を開けた。

 

 入口から奥にまっすぐ敷かれた絨毯の先に、4段の階段があり、その上に祭壇がおかれている。背後にはアンリ教のシンボル、輪廻転生の輪と、その中央から今まさに飛び立とうとする鳥の姿があった。

 

「おっリリー、来たか」

 

 絨毯ンお横にオーク材のイスが並んでいる。そこに、父のギリスとアンナル司祭が座っていた。
 リリーたちは姿勢を正して一礼する。

 

「おはようございます、アンナル司祭様」

 

「おはよう、リリー、リッド。そしてルビー、2人を連れてきてくれてありがとう」

 

 アンナル司祭はゆったりと笑んで言った。たしか40代前半だと聞いたことがある。教会の鐘のように深く響く声だ。
 一方、父ギリスの声は明瞭かつ豪快である。

 

「今日は儲かるぜ。さっき地下市場ラタン・カームに顔出したんだが、モノが飛ぶように売れてた。オレの両替場も大盛況。カネを借りに来るやつも多いしな」

 

「そうなのね。あとで地下も見に行きたいわ」

 

「おう行ってこい。リリーの好きなレースがたくさん売られてたぞ。オレはあの奇妙な模様の区別がサッパリつかないんだが、過去で一番の品ぞろえだそうだ」

 

「わあ! 行ってみようリッド、ルビー」

 

 リリーは目を輝かせた。
 だがルビーは申し訳なさそうな顔をして、

 

「ごめんリリー。今から聖術の依頼が入ってるんだ」

 

「えっ大市の日なのに?」

 

「高熱が続いている子がいてね。病院に行ったけど良くならないから、こっち方面の案件じゃないかって医師から教会に連絡がきたんだよ」

 

「そうなの……。聖術師は年中無休ね」

 

 聖術の才が認められ、ルビーが聖術師になったのは今年からだ。着任してまだ2か月目だが前任者よりも評判が良い。引っぱりだこの状態だと聞いている。

 

「婦女子方がちょっとしたことで依頼かけるんだろ。若手のホープだな」

 

 ルビーは微笑した。

 

「依頼を早めに終わらせて市場に急ぐよ。今は買い物を楽しんでおいで」

 

「本当? 嬉しい! 絶対に来てね」

 

 はしゃぐリリーを見て、ギリスが苦笑する。

 

「すまんなルビー。一人娘で甘やかしちまった。まだまだ子供で、わがままだ」

 

「リリーはわがままじゃないですよ。寂しがりやなだけです」

 

「寂しがりやか。そうだな……」

 

 ギリスは神妙な顔つきになった。
 おもむろに立ち上がり。リリーの両肩をガシっとつかむ。

 

「よしわかった。リリー、オレは今日夜7時までに家に帰るぞ。一緒に夜メシを食おう!」

 

「本当、パパ!」

 

 リリーが歓声をあげる。

 

「ああ本当だ。大市の準備で全然家にいなかったからな。コックには特別豪華ディナーを用意させよう。リッド、ルビー。おまえらの分も用意するから来い」

 

「いえ、ご当主。オレはいつもどおり使用人のを食べますから――」

 

「こういう時くらい遠慮するなリッド! あとで他のやつらがグチグチ言わないよう、全員に臨時給与を配っておくから安心しろ」

 

 ギリスは豪快に破顔する。そしてふたたびリリーを見た。

 

「リリー。おまえはたしか今年で15になったんだよな」

 

「そうよ」

 

 ギリスはまぶしげに目を細めた。

 

「だからか。ますますイルヴァに似てきたな」

 

「ママの顔は少しだけ覚えてるわ。とても美人だったんでしょ。でもわたし、美人じゃないもの」

 

「なに言ってる。おまえは誰よりも美人だぞ。なあリッド」

 

「ええ、もちろんです」

 

 ニッコリとリッドが笑う。
 そのエセくさいビジネスライクな笑顔に、リリーは不審の目を向けた。

 

 

前へ 表紙 次へ

 

 このページにしおりを挟む
 トップページへ戻る