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「どうしたリリー、不安そうな顔だな。エルミに何を言われようとも俺が起こしにいってやるから安心しろ」

 

「あんたはほんとに、どうしようもないわね」

 

 その時あわただしい足音が廊下から飛こんできた。この屋敷で騒音をたてるのは主のギリスくらいだ。やっと来たと思い扉を見ると、意外にもルビーだった。そのうしろに執事のヘンリクもいる。

 

 ルビーは言うまでもなく、老年のヘンリクも感情を乱さない頼れる執事だ。それが顔を青くして、肩で息をしている。

 

「どうしたの、2人とも」

 

 リリーは首をかしげた。
 厳しい表情でリッドが立ち上がる。

 

「なにがあった」

 

 ルビーはリッドに視線を投げたあと、リリーを見た。その目が、深いところでゆれている。
 お嬢様、と言ってヘンリクは言葉を詰まらせた。
 胸騒ぎに、暗雲がたれこめた。

 

「ルビー。パパはいつ来るの?」

 

「リリー」

 

 ルビーはこちらへ歩みより、そしてふいに、リリーを抱きしめた。面くらうほど、強い力だった。

 

「ルビー、なに――」

 

「落ちついて聞くんだ」

 

 低く、ルビーがささやいた。
 食堂に緊張感がはりつめた。カチ。カチ。と時計の音がやけに大きく耳を叩く。

 

「ギリスさんが詐欺容疑で捕まった。騙しとったとされる額が膨大で、この屋敷をふくめすべての私財は即時没収されることになる。いいかいリリー。君はすぐに、なにも持たずに、この家から出なければならない。できれば治安官たちが屋敷にやってくる前に」

 

 

 

 

 ここ1年間で52件、計6千万リランガルを騙しとった。
 それが、金融界の風雲児ギリス・フィードルにかけられた嫌疑だった。

 

 詐欺内容は単純なものだ。少なくともギリスが取るような手法ではないと、リッドは思う。万が一にもギリスが詐欺を働くのであれば、もっとバレない方法をとるにちがいない。

 

 詐欺の内容はこうだ。
 まず辺境の国在住の富豪に、

 

「1ウルキアガルあたり、3リランガルで買いたい」

 

 という手紙が、有名な金融会社から届く。突然の手紙なので、受け取った側はとりあえず放置する。

 

 数日後、見知らぬ両替商がやってきて、

 

「リランガルを持っていないか」

 

 と聞かれる。

 

「どうしてもリランガルが必要だから、もし持っていたら1リランガルあたり3ウルキアガルで買おう」

 

 と言うのだ。

 

 そこで家人(かじん)は、左記の手紙を思い出す。
 1ウルキアガルが、3ウルキアガルに化けるのだ。3倍の利益が出る計算である。
 これはと思い、300万ウルキアガルほどなら用意できると返事する。

 

 家人は両替商に数日待つように言い、手紙の差出人と取引する。
 そしていざ、訪問両替商と取引しようと思ったら、彼と連絡が取れなくなる。まさかと思って調べてみたら、相場は1ウルキアガルあたり5リランガルと、手紙に書いてあるより高かったのである。
 結局家人は600万リランガルの損を出した。

 

 ギリスには側近が3人いる。いずれも金融大国ウルキア出身の男たちだ。ギリスが若かりし頃、ウルキアで単身遊学していた時に知り合った。帰国後ともに両替商ギルドを立ち上げた戦友たちだ。
 今回の事件は、ギリスを首謀者とした4人のグループが起こしたものだと断定された。

 

「私物をすべて差し押さえるって……服は、どうすればいいのかしら」

 

 自室のまんなかにたたずみ、途方に暮れた表情でリリーはつぶやく。

 

「今着てるワンピースは――やめたほうがいいだろうな。生地が綺麗で、目立つ」

 

 とても似合っていたのに、残念だな――という言葉を、リッドは心の中で飲みこんだ。
 リッドはクローゼットを開き、シンプルな木綿のワンピースを取りだす。

 

「これと、ケープを。5月とはえ、夜は冷えるかもしれない」

 

 リリーは無言で服を受けとる。感情の動きが極端ににぶい。

 

「大丈夫だ。きっと誤解があったんだ。ご当主はすぐに釈放されるさ」

 

 リッドはなぐさめを言葉にのせる。だがリリーはうつむくように頷いただけだった。

 

「じゃあ俺も荷物をまとめてくる。そのうちに着替えておけよ。この部屋から出るんじゃないぞ」

 

「うん」

 

 小さな声で、リリーはこたえた。

 

 

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