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 かばんに荷物をつめこむごとに、リッドの怒りもつみあがってゆく。
 脳裏にリリーの茫然自失した姿が浮かび、リッドは舌打ちした。荒々しくタオル類を投げこむ。

 

「リッド、僕だ。入るよ」

 

 ルビーだ。厳しい表情で彼は部屋に入ってきて、きっちりとドアをしめた。

 

「リリーはどうしてる?」

 

「自分の部屋で着替えてる。準備できしだい、ここを出るつもりだ」

 

「今は使われていない小屋がある。しばらくはそこで過ごしてくれ。食料や必需品はあとで届けるよ」

 

「助かる」

 

「屋敷の使用人たちにはヒマをだしておいた。執事のヘンリクさんは、治安官の応対をしてから考えると言っていたよ。エルミさんは――泣いてたかな」

 

 リッドはカバンを閉じる。

 

「それで――どうなんだ。おまえの感覚的には」

 

 ルビーは一秒おいて口を開いた。

 

「難しいと思う。ギリスさんは両替場(りょうがえば)のどまんなかで、堂々と捕縛されていた。しかも、治安官長マティウス・ヴェサラ直々にだ」

 

「よほどの自信があるってことか。しかしご当主が詐欺るなんて考えられないんだが」

 

「もうひとつある。令状にはパーシャル伯の署名があった」

 

「なに?」

 

 イーヴァリ・パーシャル伯爵は、この都市フローヴィアの領主である。リラン国首都パールから西へ100キロほどの場所にあるフローヴィアは、9本の街道が交わる交通の要衝(ようしょう)であり、商業と金融、文化が集う一大拠点だ。

 

 フローヴィア市が反映したのはパーシャル伯の功績が大きく、自身の名を冠したパーシャル大市は、各地の富が集中する一大イベントであった。
 つまり、パーシャル伯はフローヴィア市において、絶大な力を保持する権力者なのである。

 

「パーシャル伯が署名するのは裁判を経てからだろ。なんで捕縛の時にもうサインしてるんだ」

 

「被疑者不在で略式裁判が行われ、有罪が確定したんだそうだ」

 

 リッドは絶句した。ルビーは厳しい表情をゆるめず、続ける。

 

「いいか、リッド。もうギリスさんが戻ってくることは万にひとつもない。それを肝に命じてこれからは動くんだ」

 

「略式裁判だと――? 弁明もゆるされず有罪だなんて、むちゃくちゃだ……!」

 

「リッド」

 

 鋭く、ルビーがいう。

 

「しっかりしろ。リリーにはもう、おまえしかいないんだ」

 

 リッドは我にかえった。

 

「僕も全力でサポートするけれど、立場上、四六時中リリーのそばにいられるわけじゃない。それができるのはリッドだけだ。ただし、ここから先は給金が支払われない――いわばボランティアだ。リッドにその気がないなら、とめないよ」

 

 やがてリッドは口端に笑みを形づくった。

 

「綺麗な顔して、あいかわらずえげつないことを言うな、ルビー」

 

「ふふ。僕は男には厳しいからね」

 

「うさんくせェな、ほんと」

 

 ルビーとは3歳の頃からのつきあいだ。昔から食えないヤツだった。
 窓の外は太陽が落ちかけて、うす暗い。 まだ治安官らは近づいていないようだった。

 

 

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