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 リリーの手を引き、裏門から外にでた。ルビーが小屋まで先導してくれることになっている。風が出てきたので、リッドは小さな肩に、ケープを掛けた。

 

「リリー様!」

 

 ニナ・クニフの声がして、リッドたちは立ち止まった。勝手口の前で、恰幅のいい体をゆらしながら、ニナは泣いていた。
 彼女はリリーの乳母だ。リリーは5歳の時に母を亡くしている。以後、ニナが母親代わりだった。

 

 「ニナ」と駆けよろうとするリリーを、リッドはひきとめた。

 

「急がないと、もう時間がない」

 

 リリーは唇をかみしめて、ニナを見ていた。ニナはむせび泣きながら深く頭をさげた。リッドもルビーとともに一礼する。
 そして、いつまでも立ちすくむリリーの手をひいた。

 

 

 

 

 フローヴィアは城壁都市である。10年かけて建築された城壁は全長5キロに及び、高さは25メートルもあった。世界の富が集まる交易都市だけに、防衛面もしっかりフォローしているのである。

 

 壁には12~15メートルごとに塔が据えられ、北と西に門が造られている。西のサンヴィア門を抜け、壁の外側をつたい歩いた先に、今は使われていない小屋があった。

 

「ちょっと陰気なところだけど、次の身のふり方が決まるまではここにいてほしい。なるべく外には出ないようにね」

 

 古びたテーブルの上にランプをともし、ルビーが微笑んだ。小屋には1室しかなく、テーブルと4脚の椅子、そして粗末なベッドがあるだけだ。

 

「誤解があるとはいえ、リリーは今、詐欺事件の重要参考人の娘だ。人に会って不要なトラブルは避けたいだろう?」

 

 リリーは小さくうなずく。憔悴しきって、顔が真っ白だ。
 それにしても、ルビーの『重要参考人』ということば。リリーにはまだ、真実を話すのは早急だと判断したのだろう。リッドも同意見だ。
 しかしながらこの場所は陰気すぎる。リッドは小声で訴えた。

 

「もうちょっと他の場所はなかったのかよ」

 

「壁の中にも空き家はあるけど、人目につくんだ。ここならだれも寄りつかないし、最適だろう?」

 

 目の前の道は一般的に処刑人小路(こみち)とよばれている。この道の奥に、罪人の処刑を生業とする男が代々住んでいるからだ。
 ルビーの考えはわからなくもないが、いくらなんでも縁起が悪い。

 

 リリーはぼんやりと佇んでいる。その頭に、リッドはてのひらを乗せた。

 

「もう寝ろ。今日は疲れただろ。それともなんか食ってからにするか?」

 

「パパはちゃんと、夜ごはんを食べたかしら」

 

 リリーはどこを見るともなく、視線をゆらしている。

 

「酷い目にあってないかしら。治安官は乱暴だから心配だわ。ぜんぶただの誤解なのに。そうよ――誤解なの」

 

 大きな瞳を、こちらに向けた。その奥に、異様な光がギラついている。

 

「リッド。わたし今から、シャラールの塔に行ってくるわ」

 

 リッドは表情を険しくした。
 シャラールの塔は市街のほぼ中央にある。監視台、鐘楼としてだけでなく、牢獄としての役割も果たしていた。
 リリーは逸(はや)る声でいう。

 

「塔にいって、治安官と話して、誤解を解いてくる。それでパパを釈放してもらうの」

 

「リリーだめだ。いま治安官に近づくのはあぶない」

 

「コソコソ隠れてるとよけいに怪しく思われるわ」

 

 リッドは言葉につまる。たしかに正論だ。しかしそれは、ギリスが未決囚(みけつしゅう)であれば、の話である。
 ギリスはパーシャル伯の名のもとに、罪人であると既決されている。通常は裁判を経て既決されるため、リリーは正当な理由があれば一時的な釈放が可能だと思っているのだ。

 

 リリーはリッドをおしのけて、小屋から出ようとする。その体をひきとめると、リリーは暴れ出した。

 

「どうして? 何もしてないなら堂々と主張するべきだわ」

 

「いま行ったってムダだ。治安官とは明日以降かけあってやるから、今はガマンしろ」

 

「明日、手遅れになったらどうするの!」

 

 悲鳴に近い声があがる。暴れるリリーを抑えながら、リッドは舌打ちした。
 ――しかたない。ルビーに目くばせすると、彼はわずかにうなずいて、短く詠唱した。
 ルビーの人さし指が、トン、とリリーのひたいをつく。
 一拍おいて、リリーのまぶたがおり、リッドの上に崩れおちた。規則正しい寝息をたてている。

 

「これで明日の朝まで起きないはずだよ」

 

「悪いな」

 

「でもまいったね。ギリスさんが既決囚(きけつしゅう)だと言っておいた方がよかったかな」

 

「いや――」

 

 リッドはリリーをベッドに横たえ、彼女の前髪をすいた。

 

「せめて一晩、待ってくれ」

 

 

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