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 彼らが帰ると、とたんに部屋は静まりかえる。
 5月の夜はまだ涼しい。

 

「ひとまず、司祭様が快諾してくださって安心したわ」

 

 リリーはふたたび椅子に腰かけた。

 

「とりあえずの第一歩だな。後ろ盾がつくだけで心強い」

 

「司祭様のおっしゃるとおり、長期戦も覚悟しなくちゃね」

 

 リリーはことばを区ぎった。

 

「修道院のことだけど」

 

「ああ」

 

「悪い話ではないと思うの」

 

「そうだな」

 

「このまま何か月も、教会から頂くものをあてにして生活はできないわ。それなら早めに修道院に入った方がいいのかもしれない」

 

 テーブルの上で指を組みあわせ、リリーは言う。視線は指先に向かっていて、リッドの方を一度も見ない。
 修道院に一般男性の出入りは禁止されている。入ればほとんど会えなくなるだろう。
 触れることも、もちろんできない。

 

「リリー。こっち見ろよ」

 

 テーブルに浅く腰かけて言う。ゆるゆると、リリーは顔を持ちあげた。
 白い頬が、ランプの緋色に発光している。

 

「リッド、怒ってるの?」

 

 リリーが眉をひそめる。
 リッドは言った。

 

「怒ってるさ」

 

「どうして?」

 

「4年だ」

 

 リッドの声が低くなる。

 

「4年間ずっと、おまえの護衛をしてきたんだ。それをいきなりこんなことで奪われてたまるかよ」

 

 ゆっくりと、リリーの目がみひらかれる。
 リッドは彼女を抱きよせた。
 甘やかに香る、首すじのうすい皮膚に、唇をよせる。細い体が小さくこわばった。

 

「『仕事』はオレの生きがいだって言ったろう。修道院なんて行くな。オレがいくらでも、面倒みてやるから」

 

「わたしも――わたしもリッドのそばがいい」

 

 リリーのそのことばを聞いたとき、リッドの心は震えた。

 

「だったらそれでいいだろう。南の方の新市街で新しく家を借りよう。あそこならおまえの顔も知られていない」

 

「でも、家を借りるお金はどうするの」

 

「手っとりばやく稼げる仕事を探してくる。金が入ったらすぐに引っ越しだ」

 

 リリーの顔を見ると、苦悩の色が浮かんでいた。
 本心をぶつけても、リリーはそれを、護衛職の義務感だと理解するのだ。だから肝心なところでリッドを頼ってこない。
 正直、めんどうだ。
 確実にわからせるために、キスのひとつでもしてやろうかと思う。
 けれどそれで泣かれたらどうしようもない。

 

 しかし翌朝、それでもいいからわからせてやるべきだったと、リッドは激しく後悔した。
 固い床から起き上がって横のベッドを見ると、すでにもぬけのカラだった。
 リリーはいずこかへ行ってしまったのである。

 

 

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