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 それを打ち消すように、むりやり口を開いた。

 

「さっき、わたしを歓迎するといったけれど、わたしはここで何をすればいいの?」
「君には才能がある」

 

 フリオは魅惑的に笑む。あらためて見ると、周囲の空気が色づくような美形だ。
 彼はリリーの手をとり、固いベッドに座らせた。澄んだ瞳でリリーを見下ろす。

 

「君は本当に愛らしい。妖精のようだ」

 

「フリオってそういうこと誰にでも言ってそう……」

 

 リリーはさすがに呆れた。これほど美形の旅芸人なら、あちこちに何十人も恋人がいそうだ。
 職を紹介する、というのは方便で、もしかしてリリーをそのうちの一人に加えようという魂胆なのではないだろうか。

 

「いや、君が初めてだよ。ああでも、正確に言えば二人目かな。くわしいことは明日話そう。今日はもう眠らなくては。その前にリリー。君にキスをしてもいいかい?」

 

「ダメ」

 

 リリーの拒絶は早かった。だがフリオは、

 

「残念だな。じゃあこれだけ」

 

 と言って、リリーの首すじに口づけを落とした。

 

「なっなにするの!」

 

 熱くやわらかな唇の感触に、リリーは動転する。
 フリオは軽く笑った。

 

「そこに、他の男のあとがついてた。だから嫉妬したんだよ」

 

 リリーは言葉もでない。「他の男」と言われても、リリーには心当たりがない。寝る前リッドがここにキスをしてきたが、その時についたのだろうか。
 フリオは「おやすみ」と言って、荷物を枕に寝転がってしまった。
 とんでもない人についてきてしまったのかもしれない。

 

 

 

 

「リリー朝だよ。起きて」

 

 優しいてのひらで髪をなでられている。ああ、でもまだ眠い。体の中に鉛が押しこめられてるみたいだ。

 

「もうすこし寝かせて、リッド……」

 

 そう言って寝返りをうとうとした。だが両肩を強い力で引き戻され、続いて生温かく濡れたなにかが唇に押しつけられた。

 

「……!」

 

 リリーは目を白黒させることしかできない。さらに、ぬるりとした物体が歯列を割って侵入してきた。ゾっとして、それを思いきり噛んだ。

 

「ツっ。痛いじゃないかリリー」

 

 見上げると、顔をしかめたフリオがいた。リリーの肩をベッドに押しつけたままだ。
 リリーは大混乱である。

 

「なっなに?! いったい何をしたの?! おりて! 離れて! もう出ていく!」

 

「どうしてそんな悲しいことを言うんだい? 酷いことをしたのはリリーじゃないか」

 

 信じられないことだが、フリオは心底傷ついたことをしている。

 

「わたしが、いつあなたを?! ああもしかしてさっきのがわたしの初めての――」

 

「ベッドの上で他の男の名を呼ぶなんて、世界でいちばん許されないことだよ」

 

 表現がムダにいかがわしい。
 物憂げにフリオは溜息をつく。が、リリーはそれどころではない。

 

「初めてのキスが昨日会ったばかりの人だなんて! ごめんなさいパパ!」

 

「パパ? また別の男が出てきたね」

 

 もしかして、フリオはバカなんじゃないだろうか。リリーは逆に、不気味になってきた。ここは冷静にいったほうがいいかもしれない。

 

「あのね、フリオ。最初にハッキリさせておきたいことがあるの」

 

「なんだいリリー?」

 

 まだ傷ついた色を残しつつ、フリオは言う。リリーは彼の手をやんわりとおしどけて、ベッドの上に座った。

 

「わたしとあなたは昨日会ったばかりよね」

 

「物理的にはそうだね。夢の中ではもう何度も会ってるけど」

 

「……。わたしは会ったばかりの人と恋仲にはなれないの。わたしとフリオは、まだほんのすこし知りあったってだけの、赤の他人よね」

 

「いやそれはちがう」

 

 即答だった。
 頭痛がした。
 誰か助けてと思った時、外がガヤガヤしだした。そして盛大に扉が開かれた。

 

「ようド変態ジャグラー! 朝っぱらから女連れこんで、なにやってンだ?」

 

 

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