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 リッドと同じ年くらいの少年が、明るい笑顔でそういった。頬にそばかすが散っていて、赤茶けた髪がツンツンはねている。
 フリオは端正な顔に優美な笑みをのせた。

 

「おはようジェンカ。朝から明るい君の声が聞けてうれしいよ」

 

「ンなの毎日聞いてるだろ。よう娘さん、オレはジェンカ。あんた大人には見えないけど、何歳だ?」

 

「15歳よ」

 

 彼の明るさに圧倒されつつも、リリーはこたえた。すると彼はアゴを落とさんばかりに驚いた。

 

「じ、15?! 犯罪じゃねーか! あんなド変態やめとけやめとけ。あいつああ見えて26だぜ。ひとまわり以上うえじゃねえか」

 

「愛に年齢は関係ないのだよ。いずれジェンカにもわかる」

 

「ほら、こいつアホだろ?」

 

「フリオがそれくらいの年だってことは聞いてたけど……でも、ジェンカ、だったかしら。彼がド変態だとハッキリ言ってくれて、胸がすく思いよ。」

 

「オレの仕事は手品のほかに、あいつの尻拭いすることだから。あんた街娘だろ? こんなとこにいちゃいけねーよ。家まで送ってやるよ」

 

 リリーはことばにつまった。家は――すこし前まではあの屋敷だった。でも今は、処刑人小路のあばら屋だ。

 

「家は……ないの。事情があって、お金がなくて。フリオが職を紹介してくれるっていうからここへ来たのよ」

 

「職? フリオ、おまえ新人スカウトしてきたの? そりゃ可愛らしい娘さんだけど」

 

「彼女は新人ではない。生まれながらのスターだ」

 

「えっと、ちょっと待って」

 

 リリーは混乱した。
 フリオに会ってから混乱してばかりだ。

 

「フリオが言ってた職って、旅芸人のことだったの?」

 

「もちろんだよリリー」

 

 フリオは満足げに笑む。リリーは呆気(あっけ)にとられた。
 自分には人様に披露できる芸などない。

 

「ったく、肝心な説明スッとばして連れてきたのかよ。娘さん困ってるじゃねェか」

 

「詳しく聞かなかったわたしも悪いわ。でも芸はなにもできなくて……。少しダンスを習っていたくらい」

 

「おお、それだよリリー!」

 

 フリオがズイっと近づいて、リリーの両手をとった。思わず後退してしまう。

 

「踊り! やはり君はイルヴァの忘れ形見だ!」

 

「イルヴァだって?」

 

 ジェンカが驚きの声をあげた。
 リリーはまばたきする。
 フリオは目を煌めかせ、、微笑んだ。

 

「リリーは、カルピオ一座の幻の蝶イルヴァの一人娘なのだよ」

 

「イルヴァってあの、超大人気だった踊り子だろ。満員の観客の9割5分はイルヴァ目当てだったっていう」

 

 目を丸くして、ジェンカはリリーを見る。

 

「た、たしかに母の名はイルヴァだけど、踊り子だったって話は聞いたことないわ。フリオの勘違いよ」

 

「間違いない。君はイルヴァに瓜二つだ」

 

 フリオは懐かしそうに目を細めた。
 ふいにリリーは思い出した。フリオが奏でていたあの曲は、母がよく聞かせてくれたあの子守唄だった。

 

「それに君の父親はギリス・フィードルだろう。彼はイルヴァの夫だ」

 

「マジか。オレはイルヴァと入れ違いで入団したからわかんないんだけど……この娘があのイルヴァの、娘なのか」

 

 2方向からしげしげと見つめられて、いごこちが悪い。そういえばまだベッドに座ったままだったことに気づいた。さりげなく床におりる。

 

「あの、でも、父から母が踊り子だったなんて聞いたことがないのだけど」

 

「そりゃそーだろ。イルヴァは大金と交換で一座を抜けたって聞いたぜ。花形だったから、相当な額だったらしい。金で身受けしたっつー事実を娘に伏せたかったんだろ」

 

「……そうだったの」

 

 リリーは複雑に押し黙った。
 しかし、おぼろげな記憶の中の母は、いつも幸せそうに笑っていた。父親にいたっては、母を思い出すたびに涙ぐむほどだ。夫婦として愛しあっていたことだけは信じられる。

 

「それならさ、座長やマルクスさん喜ぶんじゃね? ルツィエ姉さんも、当時からの団員だろ」

 

「ああ、そうだね。いずれにしてもリリーが大器であることに間違いはない。そして僕がずっと抱きしめたかった女性だということも」

 

「ハイハイ病人は引っこんでな。んで、リリー。あんたどれだけ踊れる?」

 

 

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