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「ダンスの先生に、少し誉められる程度だけど……」

 

 素人レベルなのは間違いない。

 

「どんなジャンルのダンス?」

 

「舞踏会でやるものよ。社交ダンス。といってもわたしは貴族じゃないから、人前で披露することはほとんどなかったけど」

 

「ああ、そっちのほうね」

 

 ジェンカは拍子抜けの表情になった。

 

「客見せ用のちょいセクシーな踊りはできる?」

 

「せ、せくしー? そんなの踊ったことないわ」

 

 リリーは素直に首をふる。ジェンカは肩をすくめた。

 

「そりゃダメだ。あきらめろフリオ。娘さんは踊り子に向いてねぇ」

 

「ジェンカ、可哀想に。君は見る目がなさすぎる。しかしそれは君が悪いのではないよ。君の才能が足りないだけなんだ」

 

「いろいろ足りないのはてめーだ」

 

「――待って」

 

 リリーが声をあげた。
 考えてみれば、街人が既決囚の娘を雇い入れることなどほぼないだろう。さらにリリーには就業の経験がない。スキルが圧倒的に足りないのだ。
 だとしたら今、職に就けるチャンスを逃す手はない。旅芸人はだいたい1か月から3か月ほどひとつの町に滞在する。期間限定だが、次のとっかかりにはなるはずだ。

 

「確かにわたしが習っていたのは社交ダンスよ。でも、踊りのステップや体の運びかた、いかにエレガントに見せるかというコツはつかんでいるわ。踊りの基礎はちゃんとできていると思う。先生に褒められたのだって、フローヴィア市内の婦女子だけじゃなく、近隣の人たちも習いにくる大きな教室よ。だからその……ちょいセクシーな踊りとやらを少し手ほどきしてくれれば必ず踊れる自信があるわ。

 

 最後のほうは大いにハッタリをきかせている。リリーにはもう後がないのだ。
 フリオは目を輝かせて喜び、ジェンカは疑わしげな目を向けてきた。

 

「基礎ができてても、客寄せできる踊りってのは難しいんだぜ。だからうちの一座ではイルヴァ以降踊り子を見つけられないんだ。まあ、イルヴァのせいでハードルが上がりきってるっていうのもあるけど。そもそも、最低限の色香がなくちゃ話になんねェよ」

 

「素晴らしい! 素晴らしいよリリー! さすが僕の妖精、可憐に咲くフリージア! さあ早速手ほどきを受けにいこう。ルツィエがすこし踊れるから、彼女を紹介するよ」

 

「待て待て待て待て」

 

 フリオとリリーの間を、ジェンカが割りこんだ。フリオを落ち着かせ、リリーをまっすぐに見る。

 

「リリー。本気でやる気、あるのか?」

 

「あるわ」

 

「こっちはお遊びでやってンじゃねぇ。食いぶち稼ぐために、体張ってやってんだ。おまえにその覚悟があるのか?」

 

「ならばわたしは命を張るわ」

 

 まっすぐにジェンカを見つめかえす。彼の、鳶色(とびいろ)の瞳が光った。

 

「オーケーだ。座長にも紹介してやる」

 

「ありがとう、ジェンカ!」

 

「やっとわかったようだなジェンカ。君はいまこの時、とてつもなく成長した」

 

 ジェンカは扉を開きつつ、ぽつりという。

 

「ギリス・フィードルの話はオレたちも知ってる。リリーが客の前に立つのなら、それ相応の覚悟が必要だぞ」

 

 

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