前へ 表紙 次へ

 

 座長のウリセス・カルピオは、お腹のつきでた大らかなオジサンだった。
 以前広場で見た時はもっと貫禄があった気がする。そのことをジェンカに言うと、仕事以外ではぽよよんとしたオジサンらしい。
 だが、花形の母を大金と交換したあたり、抜け目のない座長なのだろう。

 

 カルピオ座長はリリーを見てとても驚き、涙を流して抱きしめた。ギリスが捕縛されて、イルヴァの忘れ形見であるリリーのことを気にかけてくれていたらしい。

 

「座長。リリーがうちで踊り子として働かせてほしいっつーんですけど」

 

「ああ、もちろんいいとも。カルピオ一座は君の第二の家族だ」

 

 リリーも思わず涙ぐんでしまった。
 続いてピエロのルネに会った。ルネはジェンカと同じ17歳だと自己紹介してくれた。

 

「へぇ、あの伝説の踊り子イルヴァの忘れ形見ねー! めっちゃカワイー女の子じゃん。オレはピエロ役のルネ。いまんとこ一座の花形。でも君みたいに可愛いコにならいつでもゆずるよ! 交換条件もちろんあるけどね。てことでヨロシクっ」

 

 軽い。軽すぎる。こちらは座長とちがってプライベートでもピエロだ。
 ルネの部屋を出ようとした時、黒髪の青年が入って来た。表情からして怒っている。

 

「おいフリオ。おまえまたオレの笛持ち出しただろう」

 

「ああそう、すこしの間借りたんだ。僕の妖精に懐かしのメロディを聞かせるためにね」

 

「どうでもいいが早くかえせ」

 

 フリオは悪びれもせず、ふところから笛を取りだした。

 

「リリー。彼は楽師のレナードだよ。彼が奏でる笛はとてもすばらしいんだ」

 

 リリーは頭を下げて自己紹介する。一応出自も話したのだが、彼は「ああ」としか言わずに自室へ戻っていった。

 

「他にも何人かいるんだけど、時間なくなっちまうから先にルツィエ姉さんトコいくぞ」

 

「踊りを教えてくれる人よね」

 

「ああ。本業は占いなんだけどな。演目で踊り子を出してくれって先方に言われたら姉さんが出てンだよ。毎日練習の時間を取ってるみたいだし、オレはかなりうまい部類だと思う。――姉さん、ジェンカだけど入っていい?」

 

「ああ、入りな」

 

 ハスキーな声がこたえた。中に入ると、年齢不詳の美女がイスに腰かけていた。手鏡を見ながら紅を引いている。赤ワイン色のドレスが、なまめかしい腰つきを強調していた。

 

「誰だいその子は」

 

 ゴージャスな巻き髪をととのえながら、美女はリリーを一瞥した。

 

「今日から入ることになった新人。あのイルヴァの娘だってさ」

 

「リリー・フィードルといいます。よろしくお願いします」

 

 リリーは頭を下げる。ルツィエは黙ったまま、リリーのつまさきから頭のてっぺんまで視線を動かした。
 つめたい声で言う。

 

「まだ子供じゃないか。イルヴァの代わりはつとまらないよ」

 

「ルツィア、君までそんなことを言うのかい。一度リリーを占ってみたまえ。彼女が瑞々しい色香を放つ稀有な存在だとわかるだろう」

 

「やります!」

 

 リリーはフリオをおしのけて強く言った。

 

「やらせてください! 踊りの基礎はちゃんと身についています。ちょいセクシーな踊りのコツを教えてください!」

 

「コツ?」

 

 ルツィエは片眉をあげた。

 

「そんなの簡単だよ。踊るんじゃない。舞うんだ」

 

「――」

 

 リリーは言葉につまった。
 なんとなく、イメージは浮かぶ。だが具体的にどう『舞え』ばいいのかわからない。

 

「コツなら教えたよ。用がすんだら出てってくれ」

 

「……ごめんなさい。それだけじゃわかりません」

 

 ルツィエはつめたい一瞥を投げる。

 

「じゃあ何だい? まだ頼みごとをするつもりなのかい? 初対面で、ずうずうしいね」

 

「……ごめんなさい」

 

 ルツィエは手鏡に目を戻した。

 

「これ以上話すことはない。出ていきな」

 

 

前へ 表紙 次へ

 

 このページにしおりを挟む
 トップページへ戻る