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 しかし結局、それは叶わなかった。
 ――あまりにも忙しかったからである。

 

 一座の公演は1日4回ある。朝2回、昼2回だ。1回につき1時間だが、準備と後片付けをふくめると3時間かかる。
 さらに、1回ごとに場所が変わる。他の一座とかぶらないよう、事前にスケジュールがくまれているのだ。

 

 メイン会場のテルシャ広場、地下市場ラタン・カーム、教会前のサントーレ広場、市民の憩いの場となっているルーベル公園。これらは比較的近い場所にあるのだが、それでも移動は大変だった。

 

 さらに急な依頼があれば、市立病院や孤児院などでも、食事の時間をつぶして公演を行うそうだ。

 

 リリーはとにかく、移動がつらかった。フローヴィア市は坂が多い。道が舗装されているとはいえ、両手と背中に荷物を持ち、徒歩で動き回るのは骨が折れた。

 

 しかし、13歳の芸人見習い、アラベル・テネは、リリーよりも小さな体で弱音ひとつ吐かず、それどころかキラキラした瞳で坂をのぼる。両手と背には、リリーよりたくさんの荷物を運んでいた。
 だからリリーは、彼女の後姿に時には励まされ、叱咤されながら、歯を食いしばって歩き続けた。

 

 会場についたら、男たちは荷馬車からテントの部品を降ろして組み立てていく。彼らは座長ふくめて9人、女性は3人だ。ルツィエ、アラベル、リリーである。
 リリーはアラベルに教えてもらいながら動く。ピエロやジャグラーの小道具を順番通りに並べる。アクロバット用の倒立棒や吊り輪などを組み立てる。占いと手品用のテーブルを、会場の端と端にセッティングする。客側との境目にロープを張る。

 

 準備が終わるとルツィエのヘアメイクの最終チェックだ。移動中にほつれた髪や、薄くなったアイシャドウや口紅を引き直し、きらびやかなラメを足していく。
 リリーは、最初の2回はアラベルの作業をじっと見て頭に叩きこみ、それ以降は実践した。2回やったが、ルツィエからの採点は最高で30点、すべてアラベルのお直しが入った。

 

「大丈夫。あたしは最初、もっとひどかったから」

 

 アラベルが無邪気に笑ってそう言ってくれた。リリーは救われる思いがした。そうでなかったらルツィエの、紙くずを見るようなつめたい視線にうちひしがれていただろう。

 

 ルツィエの占いは、ジェンカの手品と同時進行で行う。ピエロ、ジャグリング、アクロバットのあと、両端に置いた2つのテーブルに観客をバラけさせる。手品は手元で小さく行うし、占いは一人ずつ見るので、この方が混雑を避けられるのだ。

 

 この時もリリーはアラベルに教えてもらいつつ、客の列を整理する。時には大声で整列をうながす。占う前に代金を受け取ることも忘れてはならない。

 

 客の中に知り合いが何人かいた。けれどリリーだと気づけれることはなかった。ルツィエ、アラベル、リリーの占い組は鼻から下を薄絹(うすぎぬ)で覆い、フード付きの長いケープを羽織っている。理由を聞いたら「ミステリアスな雰囲気を出すためだよ」とアラベルは真面目な顔つきでこたえた。リリーが「ルツィエさんの綺麗な唇をかくすのがもったいない」とこぼしたら、ルツィエはまんざらでもなさそうだった。

 

 そんなこんなで、ドタバタの一日はあっという間に終わりをつげた。しょっちゅうフリオが隣に来て何やら熱く話しかけていたが、内容はまったく覚えていない。

 

 

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