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 ラタン・カームの寝床に引き上げたのは夜の8時である。夕食はアラベルがサンドイッチを買ってきてくれた。ルツィエのぶんもあったので、彼女の部屋へ持っていって三人でそこで食べた。

 

 疲れすぎてなにも胃に入らないと思っていたけれど、食べ始めるとあっという間で、6つのサンドイッチをぺろりとたいらげてしまった。
 ルツィエの部屋にあるティーポットで、アラベルに教えてもらいつつ、食後の紅茶をいれる。壁際のクッションに腰かけて一息ついたとき、今日初めて全身の緊張がほどけた。
 やわらかな紅茶の湯気が、頬をつつみ、のどを潤す。

 

「今日は本当におつかれさま」

 

 アラベルはリリーのとなりに腰を下ろした。彼女の笑顔はほんわかして、大いに癒される。
 ルツィエはテーブルの椅子につき、くつろいだ表情で足を組んでいる。
 リリーはアラベルに頭を下げた。

 

「アラベル、いろいろ教えてくれてありがとう。できの悪い生徒でごめんね」

 

「そんなことないよ。リリーちゃんは記憶力がいいから、もう明日一人で全部できちゃいそう」

 

「寝る前に忘れそうなところを頭の中で反復練習するわ」

 

「さすが!」

 

 アラベルは手を叩いて賞賛してくれる。リリーが来たことで、彼女は自分の芸の練習時間が多く取れるようになるそうだ。ぜひそれに貢献したい。
 リリーは次に、ルツィエに向き直り頭を下げた。

 

「ルツィエさん、今日は一日ありがとうございました。それにしてもわたし、びっくりしました。ルツィエさんの占い、ものすごく当たるんですね。お客さんみんな驚いてましたよ。泣き出した人もいましたよね」

 

「当然でしょ。あたしの占いはカンペキなの」

 

「ルツィエさんカッコイイ……。今度わたしも占ってください」

 

「嫌よ。客以外は占わない主義なの」

 

 残念だが、逆に良かったかもしれない。父について占ってもらって、嫌な結果が出たら落ちこむどころではないだろう。
 ルツィエは胸元から懐中時計をとりだして、優雅に立ちあがった。

 

「そろそろ時間ね。行ってくるわ。あんたたちは部屋で休んでいいわよ」

 

「ハイ、わかりました」

 

「どこへ行くんですか?」

 

 そう尋ねつつも、リリーにはこたえがわかっていた。はやる気持ちで立ちあがる。
 そんなリリーを横目でチラリと見て、ルツィエはこたえた。

 

「踊りの練習よ」

 

 

 

 

 それはまさに『舞』だった。
 レナードが奏でる笛の音を、ルツィエの指先がからめとる。
 風のない地下で、ルツィエのまとう薄絹(うすぎぬ)があでやかに舞い遊ぶ。
 絹からちらと見える赤い唇と、優美な目じりが、強く色香を放っていた。

 

「……すごい」

 

 ルツィエがゆるやかに動きをしずめ、レナードの笛がしみこむように消えた。リリーはそのひとことしか言葉を出せなかった。

 

 

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