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 レナードは不愛想な声で、ルツィエに言う。

 

「次は?」

 

「5番でいいわ」

 

 再び演奏が始まり、ルツィエが舞う。
 リリーは頭をフル回転させ、目を見開いてルツィエの踊りを見つめた。
 それはほとんど凝視といっていい。
 指先、腕、腰、足先。目線の流し方、呼吸のタイミングさえ、ひとつも逃さないようにリリーは『見た』。
 その後曲は3度つづいた。リリーは頭が発熱しそうな集中力で、ここに立っていた。

 

「――あんた、これが目的だったんでしょ」

 

 部屋への帰り道で、ルツィエがそう言った。レナードは無言の早足ですでにいない。
 夜、10時。1時間半ほど、地下の倉庫で練習していたことになる。リリーはルツィエの体力に舌をまいた。

 

「はい。ごめんなさい……言ってなくて。ルツィエさんに断られたとき、とっさに『見稽古(みげいこ)』が頭に浮かんだんです。直接教えてもらえないなら、見ればいいんだって思って」

 

「フフ。見るだけで踊れるなら大したもんさ」

 

「そうですね、甘かったかもしれません。でもやるしかないんです」

 

 二人の持つランプの灯りがゆれる。このあたりの床は地面がむきだして、つめたく固い。

 

「わたしは……とにかく月並みな言い方しかできないけど、がんばりたいんです。父が捕まって、屋敷も家財もぜんぶ没収されて、わたしにはもうなにもない。心ある方たちが父を救いだすために動いてくれています。だから、わたしはわたしにできることを考えました。父が帰ってきた時に、迎えられるような場所をつくりたい。父とリッドを支えられるようになりたい。せめて対等になれるように、がんばりたいんです」

 

「ふゥん……。リッドって、恋人?」

 

「いえ、全然ちがいます。父が雇っていた護衛です」

 

「……。なぜかしら。会ったこともない彼に深く同情心が芽生えてきたわ」

 

 よくわからないことをルツィエはつぶやき、それから艶やかな目線をこちらに向けた。

 

「それと、あたしの踊りに感心するようじゃまだまだだよ。イルヴァはもっとずっと――美しかった」

 

 その夜は遅くまで、自室で踊りの練習をした。ルツィエの姿をたどるように、何度も、何度も。
 そして気絶するように眠りこみ、体感ではほんのひと呼吸で、朝になった。

 

 

 

 

 翌日も、翌々日も、同じようなスケジュールが矢のように過ぎていった。今日こそリッドに報告しに行かなくちゃと思っても、疲れと睡魔に勝てなかった。

 

 リリーはくたくただった。でも毎日が充実して、肩に降りる木もれ日のように輝いていた。
 日に焼けて体はうっすら黒くなり、そこかしこに筋肉もついた。お尻がキュッと上がって、腰がなめらかにくびれた。胸の大きさは変わらないが、そんな贅沢は言っていられない。

 

 リリーはとにかく楽しかった。
 囲いから飛び出し、自由に生きることがこんなにも輝かしいものだと知らなかった。
 だが時折、暗雲が頭をかすめることもあった。

 

 

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