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 さらに数日経ったが、結局リッドのところに一度も戻っていない。リッドを思い浮かべるたびに、父のこと、失ったあの家での日々が胸に迫ってくる。そういう時、うずくまりたくなるほど、つらい。
 そんな時、ジェンカの持ってきた情報は、リリーに衝撃を与えた。

 

「馴染みの店主から聞いたんだけどさ、サントーレ協会の聖術師サンが人探しをしてるらしいぜ」

 

 リリーはアラベルと、ルーベル公園のベンチでクロワッサンを食べているところだった。もうすぐここで公演を行うのだ。
 爽やかな風が吹いた。気持ちのいい日だった。一目を避けるため、食事中でもフードを目深(まぶか)にかぶっていた。食べにくいが、アラベルとお喋りしながらの食事は楽しい。

 

「探してるって――誰を?」

 

 こたえのわかりきった問いを、乾いた舌にのせた。
 そうしてか、クロワッサンを持つ指先がスッとつめたくなっていく。

 

「極秘に探してるみたいで、誰ってのはわかんないらしい。ただラヴィス孤児院のガキどもが、やたらあちこち走り回ってるみたいだぜ」

 

「そう」

 

 リリーは動揺を隠すために、クロワッサンを頬張った。パリパリした触感で、よけいに口が渇く。
 アラベルが「リリーちゃん、こぼしてるよ」とクスクス笑いながら、膝に落ちたクロワッサンのカスを払ってくれた。
 ジェンカがリリーをじっと見つめた。

 

「リリー。ここに来ること、ちゃんと知り合いに伝えてあるか?」

 

「え――ええ。ちゃんとリッドに……護衛に伝えたわ」

 

 信じられなかった。
 なぜ自分はこんな嘘をつくのだろう。
 木の上で軽妙に、鳥がなく。
 ジェンカは「ふうん」とつぶやいた。

 

「ならいいけどさ。まあ、ここにいる奴らは大なり小なりワケありだから、なんか溜まってんなら相談しろよ」

 

 そう言って、ジェンカはテントの方に戻っていった。
 アラベルがきょとんとした目で彼を見送っていた。
 ――この無邪気な少女にも、過去になにかあったのだろうか。大なり小なりの、ワケが。

 

「アラベルは……」

 

 のどが枯れてうまく声にならなかったから、もう一度腹に力をこめて言う。

 

「アラベルは、どうしてこの一座に入ったの?」

 

「えっわたし?」

 

 アラベルは目を丸くした。

 

「うーん、なんでだろう……。それしか道がなかったからかな。そんなに深く考えたことない。わたしはね、親がいなくておばあちゃんと暮らしてたんだけど、おばあちゃんも亡くなっちゃって、それが7歳か8歳の時かな。お金も食料も底をついて、町長さんになんとかしてもらおうと思って訪ねていったの。そしたら、町長さんの奥さんがカルピオ一座に連れてってくれて、ここで働くことが決まったの」

 

「そんな小さい時から……?」

 

 リリーは眉を寄せた。アラベルは平均的な13歳よりかなり小さい。肉づきも悪く、ガリガリだ。それは幼少期の重労働と栄養不足が原因だったのかと、リリーは衝撃を受けた。
 でもアラベルは、いつものように笑う。

 

「そんなことないよ。働いて、お金とごはんがもらえて、ジェンカくんやルツィエさんみたいな家族ができたもの。毎日楽しいよ」

 

 その笑顔がまぶしくて、リリーは顔をそらした。うつむきつつ、そう、とこたえる。

 

「リリーちゃんはどうしてここにきたの? やっぱりイルヴァさんの影響?」

 

 アラベルは父の捕縛を知らないようだ。もともと噂話に興味がある方ではないのだろう。

 

「わたしも……アラベルと同じよ。一文無しになって、親に頼れないの」

 

「そうなんだ。でもわたしはリリーちゃんが来てくれて嬉しいな。同じ年頃の女の子、今までいなかったから」

 

 アラベルは残りのクロワッサンを呑みこんだ。

 

「そろそ準備しないといけないね。行こっか」

 

 うなづきをかえしつつ、リリーは自分を叱る。アラベルから顔をそむけて、うつむいて――そんなことしかできないような人間になるために、自分はここに来たのではない。
 顔を上げて、前を見ろ。
 知恵をしぼって、今ここでできることを考えろ。

 

 

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