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 入団して11日目の夜。
 いつものように、ルツィエはレナードを連れ、ラタン・カーム内の物置場へ行く。リリーはランプを片手に、ルツィエの舞を見る。
 薄闇をふるわせる美麗な踊りを、4曲。ひと息ついたルツィエに、リリーは歩みでた。

 

「ルツィエさん。お疲れのところすみませんが、お願いがあるんです」

 

 岩壁にもたれていたルツィエの目が、チラとこちらに向けられた。

 

「言ってみな」
「わたしの踊りを見ていただきたいんです」

 

 ルツィエの表情は変わらない。
 岩壁に、リリーの声だけが反響する。

 

「一度だけでいいんです。見ていただけませんか。それで、ルツィエさんがわたしの踊りがモノになりそうだと思ったら、なんでもいい、ひとことでもいいです。アドバイスがほしいです」

 

 リリーは深く頭を下げる。
 毎晩、遅くまで練習していた。注意深くルツィエの動きをなぞりながら、社交ダンスの基礎を踏み、自分独自の色も表現できるように頭をしぼった。
 まだ練習量が足りない。それはわかっている。でも、リリーには時間がないのだ。
 ルツィエはしばらくののち、赤い唇をひらいた。

 

「あんた、目つきが変わったね」

 

「え?」

 

「いや、なんでもない。――いいよ、踊ってみな。1曲だけ見てあげるよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 リリーは勢いよく頭を下げた。
 レナードが口をひらく。

 

「曲は?」

 

 一瞬、自分への質問だとわからなかった。なぜなら今まで一度もレナードから声をかけられたことがなかったからだ。
 だから、このタイミングで話しかけられたことがとても嬉しかった。
 リリーには、いちばん大切な曲がある。

 

「7番でお願いします」

 

 レナードは一瞬手をとめた。
 そして、やわらかに笛を奏ではじめた。
 旋律がリリーの髪に、肌に溶け、ゆるやかにしみこんでゆく。
 やがてリリーは、指先から、舞いはじめた。

 

 

 

 

 いくら探しても、リリーの姿を見つけることができない。テルシャ広場のベンチに腰掛けて、リッドは舌打ちする。
 時期も悪かった。今のフローヴィア市はどこもかしこも人でいっぱいだ。人ひとり捜すのに、こんなに難しい時期はない。
 だが、そこら中かけずりまわったり、ルビーやアンナル司祭と密に連絡を取りあっている内に、見えてきたことがある。

 

 やはりギリス・フィードルは冤罪(えんざい)だ。
 金融業界のうわさ話や、街人が教会に落としていく会話から、これは不当逮捕だとリッドは確信した。

 

 黒幕はパーシャル伯爵だ。職人ギルドも一枚かんでいる。年々勢いを増す金融界を恐れたのだ。
 今や世の中は経済を中心に回り始はじめている。もしかしたら、平民であっても金をより多く動かせる人間が、貴族の上に立つ日が来るかもしれない。

 

 

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