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「これが、パーシャル伯とギリスさんの個人資産総計だ」

 

 昨夜のことである。小屋のテーブルに一枚の紙を置いて、ルビーは言った。

 

「不動産なども含めると、ほぼ拮抗している。さらにギリスさんは若いころ、金融大国ウルキアに遊学し、才をみとめられてこの町でギルドを作る際の後ろ盾になってもらっている。一説によると、ウルキアの金融ギルドがギリスさんに、フローヴィア市にギルドを作るよう命じたとか」

 

 これに危機感を持ったパーシャル伯が、判事と治安官を取り込んで一計を案じた――。

 

「アンナル司祭も僕も、この線でまちがいないと思ってる。アンナル司祭は大激怒してるよ。司教(しきょう)に直接報告しに行くと言って、早々に発った」

 

 司教が動いてくれるなら、ギリスは助かるかもしれない。釈放は思っていたよりもずっと早く実現する可能性がでてきた。
 ――けれど、とリッドは思う。

 

 釈放されたギリスと、その娘のリリーを市民は迎え入れてくれるだろうか。
 ギリスは大市の初日に、テルシャ広場のどまん中で逮捕された。あのようなことは前代未聞で、その場にいた大勢の人に強いインパクトを与えただろう。
 市民の誰もが、ギリス・フィードルは有罪だと思っている。そんな中で釈放されても、民意は受け入れてくれるだろうか。「金にモノを言わせて釈放してもらった」というとらえ方をされかねない。
 たとえ教会からの下知があったとしても、心の底には疑いがこびりついたままだろう。

 

 広場の空きスペースに、荷馬車が到着した。たくさんの荷物だ。旅芸人がここで公演をするのだろう。

 

「リッド、こんなところにいたのか」

 

 ふいに声をかけられた。ルビーだ。

 

「悪い。ちょっと休憩してた」

 

「疲れたんだろう。当然だよ。リリーがいなくなってから2週間、ずっと動きっぱなしだ」

 

 ルビーは隣に腰をおろす。

 

「さっきアンナル司祭から早馬が来たんだ。司教様は今回の件をたいへん憂慮(ゆうりょ)しているらしい。すぐに働きかけをしてもらえるようだから、もう安心していいようだよ」

 

「そうか――」

 

 リッドは長く息を吐いた。こういうとき、やはり頼れるのは神の力ということか。
 ギリスはもう大丈夫だろう。次はリリーだ。一体どこへ消えたのか。早くこのことを伝えたかった。きっと涙を流して喜ぶにちがいない。

 

 ふとリッドは、ルビーが荷馬車のほうを熱心に見つめていることに気づいた。

 

「どうしたルビー。ピエロでも見ていくのか?」

 

「いや。たしかあれはカルピオ一座だよね」

 

 どこかで聞いたことのある名だ。

 

 

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