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「ほら、大市の初日にリリーとリッドが見てたじゃないか」

 

「ああ、そんなこともあったな」

 

 あの時はまだ、ギリスは捕まっていなかった。ほんの2週間前のことなのに、ずいぶん昔のことに思える。

 

「昨日くらいから、あちこちで宣伝してるんだよ。新しい踊り子が入ったって。初々しい娘の才能豊かな舞をぜひ見てほしいって、ピエロから言われたんだよ」

 

「あー、なんかオレも聞いたな。道端でカード手品披露しながら声あげてた奴がいた。おまえ見たいのかよ。初々しい踊り子っていうフレーズに釣られたか?」

 

 リッドが茶化す。しかし、疲労が重く声に力が出ない。
 ルビーは笑みを浮かべた。

 

「ふふ。そうかもしれない」

 

 喋っているうちに、人々が集まって来た。そろそろ開演するようだ。

 

「捜しに出る前に、すこし見ていかないか?」
「いや、オレはいい。今からもう一度ラタン・カームを当たろうと思ってるんだ。あそこは広いし商人と客がひしめいてるから、時間がかかる」

 

 人垣の向こうから、座長のあいさつが聞こえてくる。張りのある声だ。どうやら踊り子のお披露目は最初の演目らしい。

 

「ああ、ラタン・カーム。あそこは大変だな。じゃあオレは踊り子を少し見てから合流するよ」
「ああ、頼む」

 

 ベンチから立ちあがる。それと同時に、大きなどよめきが観客からあがった。

 

「盛り上がってるな。よほどの美人か?」

 

 ここからでは人垣がジャマで踊り子は見えない。
 ルビーは鋭く立ちあがった。

 

「いや、リッド。僕の予想が正しければ、もしかすると」

 

「――待て」

 

 愕然と、リッドは目を見開いた。繊細な笛の音が、客の合間をすり抜けてリッドの耳までとどく。演者の腕は相当なレベルだ。あれほどどよめいていた観客がみな、静まりかえり聞き入っている。

 

 だが、そんなことよりも。
 このメロディは。

 

 シャン。
 鈴の音が響いた。
 踊り子の流れるような歌声とともに。

 

 

  銀に彩(いろ)づく母のこえ
  絹糸のように たおやかに
  天からおりる やわらかなまゆ

 

  金に彩づく父のこえ
  稲穂の大地を ふみしめて
  天秤をかかげる 清廉な腕

 

 

 リッドは観客をかきわけて前列に出た。おしのけた客から罵声をあびせられた。だがその何人かは、相手がリッドだとわかると口をつぐんだ。

 

 いくつもの視線が集中するちっぽけな舞台で、母から教えられたという子守唄をうたいながら、リリーは舞いつづけていた。

 

 

 

 

「おい、あの踊り子ギリスさんとこの子だよな」

 

「間違いない。この前捕まった両替商ギルドの代表の娘だ」

 

「踊り子にまで身を落としたのか――。でもあの歌はまるで父が無実だと言わんばかりじゃないか」

 

「でもとても素晴らしい舞だったわ」

 

 心が洗われるような踊りだった――。
 次々と、観客が感想を言いあう。その波の中で、リッドは茫然と立ちつくしていた。
 座長がシメの挨拶をはじめている。リリーはうすい布をひらめかせながら、テントへ消えた。

 

 

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