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「今日は踊り子のお披露目だけの公演なんだな。でも――驚いたな」

 

 いつのまにかルビーがとなりに来ていた。圧倒されたようにつぶやく。

 

「リリーがここまで踊れるとは」

 

「おまえ、リリーが出るって知ってたのか」

 

 前を見つめたまま、リッドは言う。観客からアンコールが起こりはじめた。

 

「もしかして、と思っていたよ。カルピオ一座はリリーのお母さんが踊り子として所属していたんだ。でも、新しい子が踊るっていう宣伝を聞くまでは、リリーが一座に入ってるなんて思いもしなかった」

 

「母親が……だから、あの曲なのか」

 

 いつのまにかリリーは、自分のやるべきことを見つけ出していたのだ。
 父親やリッドの手の届くところでしか生きていなかった娘が。

 

 観客のアンコールが押しよせる。それは大きなうねりとなって、リリーのことを守るのかもしれない。
 もう一度、リリーが舞台に姿を見せた。観客の声が一段と大きくなる。

 

 シャンと鳴る髪飾り。肌を大きく露出した衣装。紅を引いた唇に、キラキラと輝くまぶた。そして指先からはじまる、色香をふくんだなめらかな舞。
 リッドはみとれていた。
 やがて曲が終わり、空気をゆるがす拍手もおさまり、観客が去りはじめても、そこに立ちつくしていた。

 

 

 

 

「えっちょっと待った。あんた誰?」

 

 テントの外でカードを整理していた少年が、慌てた。
 リッドはかまわず、テントの入り口に手をかける。

 

「だから待てって! いま踊り子が着替え中なんだよ」

 

「そのとおりだよ、少年」

 

 その時、ピシリと空気が爆ぜた。リッドの手の甲に、鞭で打たれたような痛みが走る。
 リッドの頬で、再度空気が弾けた。さっきよりも強い力だ。皮膚が切れ、細く血が流れる。
 ――聖術だ。
 だが、ルビーのものではない。

 

「麗しき我が踊り子の着替えに入りこむなど、無礼千万だと思わないか少年よ」

 

 一人の男が、カードの少年の後ろから歩みでた。芝居がかった薄気味悪い言い方だ。
 彼のことは覚えている。大市の初日ににジャグリングを披露していた優男だ。
 ルビーは傍らで見物を決め込んでいるらしい。リッドは手の甲で血をぬぐった。

 

 聞き捨てならないことを、この男は言った。

 

「誰の――踊り子だって?」

 

 ジャグラーは尊大な笑みを浮かべる。

 

「ああ、君があの夜、リリーと小屋で眠っていた少年か。少し術をかけただけで熟睡してくれたから、実にスムーズに事が進んだよ」

 

「おいフリオ、やめろって」

 

 カードの少年がジャグラーのすそを引く。だがジャグラーはうすい笑みを貼りつけたままだ。

 

「で、いまさら君はなにしに来たのかい? もしリリーを連れもどしに来たというのなら、君は考えを改めなければならない。見ただろう、彼女の舞を。リリーは生まれながらにして素晴らしい資質を持つ踊り子だ。そして彼女の才能が生きるのはこのカルピオ一座をおいてほかにない」

 

「フリオ。あの人、テントの中にとっくに入っていったぞ」

 

「何ィ?!」

 

 小うるさい虫は聞き捨てることにした。リッドは「入るぞ」と短く声をかけて、幕を寄せる。

 

「えっちょっと待ってジェンカ、まだ着替えが――」

 

 リリーが慌てた様子でこちらを見て、そしてことばを失った。

 

 

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