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 リリーは肩と胸だけを覆う上衣を脱ぐ途中だったようだ。胸元のひもをほどきかけている。その隣で、小柄な少女が茫然としていた。
 リッドの姿を見て、リリーは息を呑んだまま突っ立っている。

 

 リッドは無言でリリーに近づいた。自分の上着を脱ぎ、リリーの肩からすっぽり包む。
 にらむように見おろして、いった。

 

「こんな裸同然のかっこうで、何やってんだおまえは」

 

「リッド――」

 

 リリーが初めて、声をもらした。
 二週間ぶりに聞く声だ。
 体中の力が抜ける。
 そのままリリーの腰に両腕をまわし、彼女の肩にひたいを乗せた。

 

「おまえ、ほんっとに、大迷惑」

 

「リッドごめんね。早く説明しにいかなきゃって思ってたんだけど」

 

「来なかったじゃねぇか」

 

「ごめん……」

 

 リリーはうつむいた。

 

「絶対ゆるさねぇ」

 

 声に力をこめて言う。リリーはうつむいたまま、押し黙った。

 

「どれだけ心配したと思ってるんだ」

 

 リリーが顔をあげる。その唇が何かを言うまえに、リッドは彼女を強く抱きしめた。

 

「次に同じことしたら、もう金輪際おまえの面倒は見ないからな」

 

「……うん。ごめんなさい」

 

 リッドの胸のそばで、リリーが言った。
 それでリッドは初めて、安堵の息を長く吐き出した。

 

 いつのまに来ていたのか、ルビーが笑顔で言う。

 

「無事でよかったよ、リリー」

 

「ルビー! ごめんなさい。リッドにも怒られたの。ほんとに反省してる」

 

「いいよ。リリーががんばってたっていうのは、あの踊り見たらわかるから。な、リッド」

 

「ふたりとも見てたの? なんか恥ずかしい」

 

「踊りは良かったが衣装がまるでダメだ。もっと布を増やせ」

 

「ところでリリー、こちらの娘さんは?」

 

 リリーの後ろで佇んでいる少女がいる。リッドたちのやりとりを、途方にくれた風情で眺めていた。

 

「この子はアラベルっていうの。一座に入った時からずっとお世話になってたのよ」

 

「そう。どうもありがとう、アラベル」

 

 ルビーが甘く微笑んだから、アラベルという少女は「いえ、そんな」と真っ赤になってうつむいた。
 その時リッドの背後から、男の声が割りこんできた。

 

「婦女子の着替え中に入りこむなんて、はしたない殿方だ」

 

 またウザい奴が来た。こいつがリリーをそそのかしたのは確かだが、あの踊りを見たあとでは怒鳴りつける気になれない。
 リッドは彼を無視してリリーの腕を引き、テントを出ようとした。
 だが男は、やたら綺麗な顔に笑みを浮かべて、言った。

 

「リリーをつれていくつもりかい? それは許されないよ。なぜなら彼女は僕の美しき妖精だからだ。今でも思い出すよ。彼女のやわらかな唇に口づけを落とした時の、あの甘い香りを――」

 

 幕を持つ手が、とまった。

 

 

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