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 半分だけ開いた外では、一座の者と思われる人々が、心配顔で集まってきている。
 リッドはゆっくりと、リリーを見下ろした。

 

「……本当か?」

 

「えっ、あ、ええと、その――。口づけっていうか、ふいうちっていうか、寝てたらフリオがいきなりのしかかってきて」

 

 最後の油をそそいだのは間違いなくリリーだった。
 となりにいたカード少年が、慌てたようにフリオの腕を引っ張る。

 

「やめろって! こいつみたことあるんだ。何年か前の闘技大会で優勝した『魔術師』――」

 

 カード少年の言葉は最後まで続かなかった。
 一瞬ののち、ジャグラーの体は盛大にふっとんで、テントの中心にある支柱にぶつかった。倒れそうになる支柱を、ルビーが支えた。ついでにジャグラーをのぞきこむ。

 

「大丈夫、きみ? ……って、完全にのびてるなぁ」

 

「ふ、フリオさん」

 

 アラベルが慌ててジャグラーに駆けよった。
 リッドはまだ腹の底がおさまらない。
 一歩、ジャグラーに踏み出したとき、艶っぽい声がうしろから流れた。

 

「待ちな。こいつの始末はあたしがつけといてやるよ」

 

「ルツィエさん」

 

 リリーがすがるように、彼女を見上げた。
 やけに色っぽい腰つきの女だ。

 

「フリオはどうしようもない男でね。四六時中世迷言をくり返しては、周りをうんざりさせてるんだ。こんなヤツにかまってたらあんたの人生損するよ。それに、この子と久しぶりに会ったんだろう?」

 

 リッドは沈黙する。
 とりつくろうように、リリーが言った。

 

「そうよリッド。フリオにかまうのはやめよう。いろいろ聞きたいことがあるし、わたしも話したいことがいっぱいあるの。ひとまず小屋へ帰ろう」

 

「それには僕も賛成だな」

 

 ルビーが微笑みながら、リッドの方に手を置いた。表情とはうらはらに、肩をつかむ力がことのほか強い。

 

「教会の聖術師としては、街中で魔術を使う人間を見すごすわけにはいかないんだよ。捕縛して訓戒して書類書いて。でもそういうのはほら――面倒くさいだろう?」

 

 最後の声が低くなっていた。これは本気で面倒くさがっている。
 リッドは舌打ちした。

 

「わかったよ。もう帰る」

 

 ふたたびリリーの手を引き、テントから出た。太陽がまぶしい。カルピオ座長を始め、座員たちが心配そうにリリーを見ている。 
 色っぽい女が赤い唇に笑みをのせた。

 

「もう戻ってこなくていいよ、リリー。あんたはあんたの居場所に帰りな」

 

 

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