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 マナが少年の姿になってから、3日が過ぎた。
 マナは毎晩、狭いベッドで二コラと一緒に寝ている。

 

 マナは二コラが大好きで、二コラがそばにいると心が落ち着いた。逆に二コラの気配を感じられないと、不安で仕方なくなってしまうのだ。マナにとって、二コラは育ての母以上の存在だった。

 

 朝食前に、二コラはいつも調合部屋に入っていく。その間、マナは朝食の準備をする。
 今朝のことだ。生薬を煮詰めていた二コラが、うっかりやけどを負ってしまった。

 

 二コラが少し傷つくだけで、マナは内心ひどく動揺してしまう。すると、手の甲にうっすらと黒いうろこのようなものが現れるのだ。

 

 動揺をできるだけおもてに出さないように、精いっぱい努力する。けれどこのうろこだけは、心の動きを敏感に感じ取って、現れてしまう。
 落ち着いたら消えるのだが、それまでずっとうろこは出続ける。

 

 これが何なのか、どうして自分にだけこのような特徴があるのか、マナには分からない。
 二コラも分からないようで、「不思議だね」と首をかしげている。

 

 マナは、外出する時はなるべく手袋をはめるようになった。しかし二コラがやけどを負ったのは家の中だったので、この時マナは手袋をはめていなかった。

 

 そんな時、二コラの幼馴染であるフレッドが、ぜんそくの薬を受けとりにやってきた。
 マナは二コラの手を取り、火傷の部分に軟膏を塗っていた。

 

「大丈夫か、二コラ」

 

 心配そうに手もとを覗きこんだ、人の良さそうなフレッドの目が、厳しくなる。
 マナの手の甲にあるうろこに気づいたからだろう。

 

「また出たのか」

 

 フレッドは多分、マナがここにいることを快く思っていない。
 マナには親切にしてくれているが、フレッドは素直な性格だ。雰囲気で分かる。

 

 二人がこっそり、マナに聞こえないように交わしていた会話を思い出した。

 

『マナは二コラの手には負えないぞ。研究所がだめなら、民間の幻獣保護施設に連れていかないと』

 

『イヤだよ。他の人は信用できない。マナはすごくいい子だし、誰にも迷惑掛けてないじゃない』

 

 マナの優れた聴覚は、聞くべきではない内緒話も拾い上げてしまう。
 普通の人間であれば聞こえないかもしれないな、とマナは苦笑した。
 二コラにはあえて伝えてはいないが、聴覚だけでなく、視覚にもマナは優れすぎていた。

 

 赤ん坊の頃の記憶も鮮明に残っている。あの時よりも知能や身体能力は格段にアップしていて、一度見本を見せられればひと通りこなすことができた。その様子は、二コラが驚くほどである。

 

「すごいねマナ。つい最近まで卵の中にいたとは思えないよ」

 

 マナの実年齢は0歳だ。二コラたちのような『普通の人間』とは明らかに違う。

 

 ぜんそくの薬を受けとって、フレッドは店を出て行った。次にやってきたのはエルナおばさんである。赤ん坊の頃には何度か会っていたが、この姿になってからは初めてだった。

 

「おや、あの赤ん坊はどうしたんだい? 今度はえらく可愛らしい男の子がいるねぇ」

 

 二コラはひどく慌てた様子で、

 

「あっ、えーと、あの子は親が引き取りに来て、この子はまた別の友達の子なの!」

 

「へえ、あんた託児所でも始めたのかい? それにしても大きいけど。いくつ?」

 

「じ、14歳くらい……?」

 

「こんだけイケメンだと、村の娘たちが騒ぐかもねぇ。名前は?」

 

「ま、マナ……。ぐ、偶然同じ名前だったんだ! ね、マナ!」

 

 マナは空気を呼んで話を合わせた。しかしちょっとだけ失敗してしまう。

 

「うん、母さんの言う通りだよ」

 

「母さん?」

 

「や、やだなーマナ、ほんとのママと呼び間違えちゃって! あたしは二コラだよ」

 

 マナは少し首をかしげたあと、ふわりと笑った。

 

「うん、二コラ」

 

 類まれな美少年の極上スマイルを前にして、二コラとエルナおばさんは「かっ、可愛い……!」などと言いながら眩暈を起こしている。
 そんな二人をよそに、マナは自分の年齢について考えていた。

 

 『14歳』とは、14年生きたということだ。
 マナはまだ1年と生きていない。

 

 僕は何なんだろう。
 母さんと同じものじゃないのかな。

 

 エルナおばさんを見送って、午前中の仕事が終わる。二コラは「あー疲れた!」と大きく伸びをした。そして、キラキラした笑顔でマナを振りかえる。

 

「マナ、森へ薬草を摘みに行こ! 今日はすごくいい天気だね」

 

 それでもニコラのいる世界は明るい日差しに満ちていて、マナはとても幸せな気持ちになるのだ。
 自分が何者でもどうかずっとこのまま、二コラのそばで暮らしていきたいと、マナは思う。

 

 

 

 

 細い三日月の夜のことだ。
 なんとなく体がザワついて、マナは寝付くことができなかった。

 

 ベッドに二コラを残してそっと降りる。皮の外履きをはいて、家の周りをぶらぶら散歩していた。なんとなく、森の方が気になったから、入ってみる。

 

 夜の森は危険な野生動物が襲ってくるから入ってはいけないと、二コラに注意されていた。でもマナは、野生動物が絶対に襲ってこないことを、本能的に知っていた。

 

 マナは夜目がきくため、暗闇に沈む森でも簡単に歩くことができる。ふくろうの声を聞きながらしばらく進むと、二つの人影が見えた。

 

 びっくりして立ち止まるマナに、向こうは気づいたようだった。一人は20才前後の長身で、もう一人はマナと同じくらいの年頃である。どちらも男だ。

 

 長身の方は燃えるような赤い髪を長く伸ばし、後ろでひとつにくくっていた。もう一人は輝くような金髪だ。こちらはショートヘアだった。

 

 二人の共通点は、目の色が金色だということだった。
 そして、目の覚めるような美形でもある。

 

 背の低い金髪の方が、マナを見て驚いたように目を丸くした。

 

「えっ、おまえ、まさか」

 

「人に指をさすな、桂花(ケイカ)」

 

 長身の赤い髪が、金髪を叱る。しかし金髪は構わず続けた。

 

「おまえまさか、オレの親父が話してた、例の――」

 

「君はここに住んでいるのか?」

 

 金髪の言葉を遮るように、赤髪が静かな口調で聞いてきた。マナはしどろもどろに、

 

「母さんと――二コラと住んでいます」

 

「母親と?」

 

 赤髪は少し沈黙して、口を開いた。

 

「君は何かに不自由していないか? 幸せに暮らしている?」

 

 マナはうなずいた。悩みはあっても、二コラと過ごす日々は幸せだからだ。

 

「そうか。しかし数日前の天の荒れようが気になって訪れてみれば、とんだ事態に出くわしたな」

 

 赤髪と金髪は、視線を交わし合って、何かを通じ合わせたようだった。

 

「マナ。君に出会えてよかった。オレの名は椿(ツバキ)という」

 

「オレは桂花(ケイカ)! おまえは?」

 

 変わった響きの名前だ。

 

「僕は……マナ、といいます」

 

 赤い髪の青年――椿はうなずいた。

 

「マナ。もし助けが必要になった時は、この場所に来てオレか桂花の名を呼べ。必ず助けにいこう」

 

 マナは戸惑いながらも首をタテに振った。
 椿は涼やかな、桂花は大きな笑顔を見せて、声を揃えた。

 

「君に大空の加護を」

 

 そうして森の奥へ立ち去っていった。

 

 

 

 

 マナは現実感を持てないまま、家へ戻った。すると二コラが寝間着のまま、庭のあたりをウロウロしている。マナは慌てて駆けよった。

 

「母さん。夜に出歩いたら危ないよ」

 

「あっマナ、いた! それはこっちのセリフだよ。目が覚めたら隣にいないんだもん。ものすごく心配した!」

 

 二コラはとても怒っているようだ。マナは「ごめんなさい」と落ちこんだ。そして、少し姿が見えなかっただけで自分を心配してくれたことに、胸を打たれた。

 

「どこに行ってたの? まさか森?」

 

「うん。ごめんね」

 

「あそこは危ないから、二度とだめだよ!」

 

「でも母さん。森で不思議な二人組に会ったんだ」

 

 マナがさっき起こったことを素直に打ち明けた。すると二コラはどんどん難しい顔つきになっていった。

 

「ねえマナ。この話、フレッドやお客さんに言っちゃだめだよ。これから先、村へ買出しに行くこともあると思うけど、村の人たちにも言っちゃだめだよ」

 

「どうして?」

 

「だって、人に知られて、またあの時みたいになったら。あの研究員たちだって、またいつ戻ってくるか分からないのに」

 

 二コラは泣きそうな顔になってしまう。マナは慌てて「分かった、誰にも言わないよ」と約束した。

 

 

 

 

 僕は普通の人と違う。
 二コラとベッドに戻りながら、マナは考える。

 

 心が波立つと、うろこが現れること。
 0歳なのに14歳の見た目であること。
 五感に優れすぎていること。

 

 マナは、風は好きだが、土の感触が苦手だった。薬草園の手入れをするのも、二コラには言っていないが、苦手だ。

 

 そんな違和感ばかりの場所で、それでも穏やかに暮らしていけるのは二コラのおかげだった。
 二コラがいてくれれば、いごこちが悪くても耐えられる。

 

 二コラが言うには、『赤ん坊のマナがある朝鶏小屋に置かれていた』らしい。それはマナの記憶とも一致する。
 つまりマナは捨て子ということだ。
 だから産みの親のことも分からない。

 

 しかしマナは、彼らに会った。思い返してみれば、彼らの目の色はマナと同じ金色をしていた。

 

(彼らは僕と『同じもの』かもしれない)

 

 数日後、マナは二コラにもう一度、森で会った二人のことを話題に出した。

 

「椿と桂花はどこに住んでいるんだろう。あの二人、僕によく似てたんだ。あの人たちにもうろこがあるのかな。どう思う、母さん」

 

「もうその話はしないで」

 

 二コラは何かに耐えるように、そう言った。
 マナは二コラに従ったが、「知りたい」という思いは余計に募った。

 

 あの二人は何者なんだろう。
 そして僕は、彼らと同じものなんだろうか。

 

 母親らしいことなんて、全然できなかったのに。
 それ以降は言葉にならず、二コラはマナの胸でずっと泣き続けた。

 

 

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