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 村中の婦女子が集まっているのではないだろうか。
 それほどの人数が、フレッド宅の前にひしめいていた。

 

 唖然とする二コラの後ろから、マナが顔を出す。すると人だかりからキャーッと黄色い歓声が上がった。

 

「エルゼから聞きましたー! 薬師さんのところの店員さんなんですよねぇ?!」

 

「あたし花粉症なんです、お薬売ってくださーい!」

 

「最近疲れが溜まってて、体がつらいんです! 元気が出るお薬くださーい!」

 

 元気あり余ってるじゃねーか、とツッコみたくなるほどの勢いである。驚いて固まる二コラをよそに、マナは人だかりの前に出て、にこりと甘く笑った。
 その美しさときたら、見慣れているはずの二コラさえ目を奪われてしまうほどである。婦女子方からは、ギャアアアと雄たけびに似た歓声が上がった。

 

 まさにイケメン商法。これだけの人数に売ったら、とんでもない売り上げに……と、二コラは頭の片隅で銭の計算をし始める。男性のひがみが云々という件は、目の前の銭のためにどこかへ飛んでいってしまった。

 

 しかしマナは意外なことを口にしたのである。

 

「ごめんなさい。今日は薬を売ることができないんです」

 

 婦女子が一斉に「えー!」と落胆の声を上げた。

 

「きちんと効果を確かめてもらってから買って頂きたいんです。だから今日は、少数のサンプルをお配りします。飲んでみて効果が出たら、親しい方やおうちの方と相談して、買ってみようということであればぜひ、お店の方にお越しください。その際はカウンセリング後、オーダーメイドで丁寧にお薬を作ります」

 

 あっうまい、と二コラは思った。
 家の人――つまり旦那さんなどに意見を聞いてから買いに来てくれということだ。それであれば彼らを立てたことになるから、余計な悪意をこちらが買うことはない。

 

 そして、営業時は少数を無料で、売る時は向こうから出向いてくれるというスタイルは、二コラの心理的負担をずいぶんと減らしてくれる。

 

 この子……デキる……!

 

 つい最近まで赤ちゃんだった少年の進化に、二コラは恐れおののいた。

 

 そうして次の日から、どんどんお客さんが来て薬が飛ぶように売れた。
 婦女子方が相談した結果か、彼女たちのカレシさんや旦那さんもやってきて、「カノジョ(妻)がよく効くと言うんで」と買い求めに来てくれることもあった。

 

 ひとりひとりが店先に来てくれれば、カウンセリングができる。サンプルは当たり障りのない薬効なので、カウンセリング後に渡す薬の方が当然のことながらよく効いた。

 

 薬の評判は上々で、「やっぱり昔からやってるの薬師が作った物の方が、帝立研究所のよりいいかもしれない」と評判が塗り替えられていった。

 

 ひとりひとりの客に合わせた薬は割高だが、その分薬研やっけんより効き目は抜群である。

 

 二コラとマナはたびたび村へ降りてサンプルを配り、そのたびにお客さんを増やしていった。
 こうして生活の心配はなくなり、むしろ薬の調合が追いつかないという嬉しい事態にも発展した。

 

「マナのおかげだよ、ありがとう!」

 

「二コラの薬の質がいいからだよ」

 

 マナはたびたび村へ降りるようになったので、二コラを母さんではなく名前で呼ぶことが定着していた。
 実は母さんと呼ばれる方に違和感があったので、二コラはそれにもほっとしたのだった。

 

 

 

 

 マナはとても人当たりがいい。だから、女性からはもちろんのこと、男性にもウケが良かった。
 夕食を向かい合って食べながら、二コラはしみじみと言う。

 

「マナは本当に人間ができてるよね。どんな人にも優しいもん。女の人がキャーキャー騒いでもうるさそうな顔しないし、男の人が嫉妬でイヤミを言ってきても、機転を利かせてうまいこといい返して、結局仲良くなっちゃうし。ほんとすごいよ」

 

 しかしマナは苦笑いをして、

 

「そんなことないよ。本当はものすごく疲れるんだ」

 

「えっそうなの? 全然そんな風に見えないよ」

 

 二コラは目を見開いた。

 

「僕は二コラといられればそれでいいんだ。他の人たちの雑多な気配は神経に障る」

 

 マナらしくない、トゲのある意見だ。

 

「でも僕は二コラを助けたい。僕で力になれるのなら、何だってするよ」

 

「いつも不思議に思うんだけど、どうしてそこまであたしを慕ってくれるの?」

 

「捨て子の僕を手離さないでくれて、そして僕のために泣いてくれた。それが本当に、嬉しかったんだ」

 

 マナは笑う。でも少し寂しげな笑顔だった。

 

「マナに無理させてるのは申し訳ないな。最近はあたしばっかり助けられてるね」

 

「二コラが喜んでくれたらイヤな気分なんて吹き飛ぶから大丈夫。それに最近は、たくさんの人を相手するのに慣れてきたんだよ。
 でももし叶うなら、二コラと遠出がしたいな。日帰りでもいいから、村よりも遠いところにいって、二人でのんびりしたいよ」

 

「うん、行こう! もう少しお金が貯まったら、お休みの日に馬車に乗って町へお出かけしようよ」

 

 マナはびっくりしたように目を丸くして、それから本当に嬉しそうな笑顔になった。

 

「楽しみにしてる」

 

「任せて! ちゃんと計画立てておくから」

 

「二コラ、僕らかも質問していい? どうして営業が嫌いなの?」

 

 不意打ちの質問に、二コラは思わず固まってしまう。

 

「二コラの性格からすると、営業はどっちかというと得意分野のような気がするんだけど、どうして苦手なのかなって不思議だったんだ」

 

 できれば忘れたい思い出だ。話すことをためらったが、マナが本心を離してくれたから、二コラは自分も打ち明けようと思った。

 

「結局さ。ひとことで言えば、惨めなんだよね。村の人たちはほとんど知り合いで、おばあちゃんの代よりも前からうちで薬を買ってくれてたような人たちばかりなんだ。でも薬研の薬の方が安いし、王様のお墨付きってこともあって、うちを切ってそっちに流れた人たちなの」

 

「二コラの薬の方が効くのにね」

 

 マナは憮然とした表情になる。

 

「そうなんだけど、やっぱりみんな生活にゆとりがあるわけじゃないからね。そういう家に『うちの薬を買ってくれませんか』って頼みに行っても、ものすごく苦い顔か、申し訳ない顔をされながら、『ごめんね』って謝られるの」

 

 ごめんねー二コラちゃん。うちはこれから薬研の方で買うことにしたから。あんたのお母さんにも良くしてもらったから申し訳ないんだけど、ふたところから買う余裕もうちにはなくてねぇ。

 

 村の人たちは申し訳なさと同情を浮かべた目で、二コラを見ていた。
 中には「お詫びの気持ちに」と言って、食べ物などを分けてくれる人もいた。
 とても惨めな気持ちになった。

 

 その後、そういう人たちと道ですれ違いそうになった時、こっそり道を変えられたり、申し訳なさそうに会釈をされてそそくさと足早に過ぎ去られたりしたのだ。

 

「知り合いに営業するって結構キツいよね。あたしの営業の仕方がヘタってのもあるんだけどさ」

 

「それはつらかったね」

 

 マナの方がつらそうな顔をしている。二コラはそれだけで救われた。

 

 

 

 

 薬が売れ始めて半月ほどがたった。心配していた幻獣研究所からの妨害もなく、忙しいながらも毎日が充実している。

 

 薬が売れるので、二コラはずっと中にこもって薬を作り続けている。そのため、店先に出るのはもっぱらマナの役目だ。
 お客さんとマナは顔なじみになり、気安さのためか、店に長居する客が増えた。

 

 今日も女子三人組に長時間粘られ、その後別の女子団体にも粘られて、閉店の頃にはマナは珍しく疲れをおもてに出していた。

 

「大丈夫、マナ? 明日はあたしが店に出るよ」

 

「いや、いいよ。二コラは薬作ってて」

 

 翌日も、その翌日もそのような感じで、マナは朝から疲れているような状態になってしまった。体力的にというより、精神的に疲れているように見える。フレッドがいる時は適当に女子集団を追い払ってくれるのだが、あいにく彼は三日に一度くらいしか来ないのだ。

 

 疲れた顔で夕食をとっているマナを見ながら、二コラは決意した。
 明日は休業日にして(本当は開店日だけれど)、マナを連れて日帰り旅行に出掛けよう。

 

 

 

 

 翌朝、二コラはマナよりも早起きをしてパタパタと準備をし始めた。
 ランチボックスと水筒をカゴに入れて、旅費は多めに。乗合馬車が出る時間は昨日のうちに確認してある。定期のお客さんには多めに薬を渡しずみだ。

 

 準備をすべて終えて、朝ごはんをテーブルに並べている時、マナが寝室から出てきた。

 

「おはよう二コラ、早いね」

 

「おはよマナ! 今日はお店休みにしたから、ごはん食べたらすぐ出かけるよ」

 

「えっ、どういうこと?」

 

「隣町に遊びに行こう! 今日は露店市の日だから賑やかで楽しいよ。もう準備してあるから、早くごはん食べちゃって。乗合馬車の時間もあるし」

 

「今日は休みの日じゃないよね? お金だって、まだそこまで貯まってないはず――」

 

「もうお弁当作っちゃったの。細かいことは気にしなくていいから、ほら、早く早く!」

 

 マナは戸惑う様子をみせながらも、二コラの言うとおりにした。
 村の入り口で乗合い馬車にのって、ガタゴト揺られながら隣街まで行く。

 

 そこではたくさんの商人が集まる大市が行われていた。人の数が村とは段違いだ。賑やかで、活気にあふれている。

 

 人ごみに唖然とするマナを引っ張って、二コラは「好きなモノなんでも買ってあげる!」と言う。
 珍しい品や面白い食べ物などを見て回り、マナはたくさん笑ってくれた。人混みの中でもひときわ輝くイケメンオーラは周囲の人たちを釘付けにしていたけど、二人はそんなことおかまいなしに、大いに楽しんだ。

 

 それから二人は、昼食をとるために街はずれの小さな丘に登った。そこでは数組の人々がランチを広げてくつろいでいる。

 

「お弁当、おいしい。ありがとう二コラ」

 

「良かった。あ、そうだマナ。はいコレ、あげる」

 

 二コラは携帯型の薬入れを取りだした。中には深い藍色の丸薬がひとつ入っている。

 

「これ、我が家に代々伝わる秘薬なの。これを呑めば、どんな不調もたちどころに消えてなくなるスゴイ薬なんだよ。ただ材料がなかなかそろわなくて、5年に1回くらいしか作れないから、いざという時にしか使っちゃだめだよ。超ピンチの時に飲んでね」

 

 マナはとても感動した様子で、薬を受けとった。

 

「今日は僕のためにここに来たんだよね。その上、こんな素敵なプレゼントまで。本当にうれしいよ」

 

「また5年経って材料が揃ったら、作ってあげるね 」

 

「ありがとう」

 

 5年後の約束を交わして、マナは嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

 その後二コラたちは、長居するお嬢さん方への対策を編み出した。

 

 非常に単純なのだが、一定時間を過ぎたら奥から二コラがマナを呼ぶのである。「マナごめん、手伝ってー!」と、せっぱつまった感じを出すのがポイントだ。
 そこでマナが「ごめんね」と村娘たちに断って店の奥へ引っこむ。すると彼女たちは目標物がいなくなるので、すごすごと帰っていくのだ。

 

 単純な解決方法なのだが、だからこそ効果があった。
 そしてこの方法を考えつくことができたのも、お互いの気持ちをきちんと話し合った結果があってのことなのだ。

 

「マナが前に、お客さんとわちゃわちゃするのが苦手って言ってたから、マナがどうして、どれだけ疲れているのかすぐ分かったんだよ。こういうのって大事だね」

 

「うん、そうだね。僕も二コラが営業苦手って知ったから、サンプル配る方法を思いついたんだし。これからもっと、二コラのこと教えてね」

 

「マナは可愛いな。大好き」

 

 自分より少しだけ低いマナの頭を、二コラはいい子いい子する。
 マナは少しだけ恥ずかしそうに笑った。

 

 いいことはそればかりではなかった。
 定期的に村へ下りてサンプルを配るうちに、二コラも営業への苦手意識がだんだん薄れていった。自分から積極的にサンプルを渡して回ることができるようになってきたのだ。

 

 その中には、あの時ニコラに同情の目を向けたり、道で二コラを避けたりした人たちもいた。
 彼らを前にすると足がすくんだけれど、「マナがあんなに頑張ってくれてるんだから」と自分を奮い立たせて、笑顔でサンプルを手渡した。心臓がバクバクして、壊れるんじゃないかと思った。
 彼らは「まあ、サンプルくらいなら」と、曖昧な笑みを浮かべつつも受け取ってくれた。

 

 それから数日後、彼らが店に現れたのだ。
 少しバツが悪そうな顔をして、それでも笑みを浮かべて、

 

「あの薬、すごく良くてね。サンプルと同じのをくれないかい?」

 

 と言ってくれたのだ。

 

 二コラはその様子を、奥の調合部屋からこっそり見ていた。
 マナが彼らの薬を渡しながら、そっと二コラに優しい微笑みを送った。
 二コラはこらえきれず、こっそり泣いてしまった。

 

 

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