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 しかし、薬学研究所の売り手たちが、この現状を見過ごすわけがなかった。
 白衣をピシっと着こなした、やり手と思われる営業マンたちを5人、村へ送りこんできたのだ。

 

 ここ最近好調だったせいで、二コラは反応が遅れた。「最近お客さん減った?」と呑気にマナに話していた程度だったのだ。
 そこへ、フレッドが薬を取りに来たついでに、薬研の動きを教えてくれた。

 

「おまえたちのマネをして無料でサンプル配ったり、定期購入者には1割引きとか、そういうキャンペーンを展開してドンドン売りこんでる。やっぱり安いから、そっちに流れ始めた人も結構出てきてるぞ」

 

「それ困る。マナ、様子を見に行ってみよっか」

 

「うん。じゃあ一応、今朝作ったばかりの滋養強壮ドリンクと馬車の酔い止め、持っていこうか。サンプルとして配れるかもしれないし」

 

 村に入ると、あっという間に村娘たちに囲まれた。彼女たちによって、持っていったドリンクなどはどんどんさばけていく。

 

 マナはほっとした。まだお客さんはたくさん残ってくれているようだ。お客さんというよりマナのファンと言った方が正しいかもしれないが、彼女らは「二コラちゃんのドリンク、すっごく疲れが取れるんだよねー!」とも言ってくれた。

 

 そこへ、白衣を着た二人組がやってきた。30代くらいの男性だ。彼らは好意的な笑みを浮かべながら挨拶してくる。

 

「どうも、初めまして。薬学研究所の販売員です」

 

「二コラさんのお噂は聞いています。とても質の高い薬をお作りになるとか」

 

 いきなり褒められて、二コラは拍子抜けした。村娘たちは会話をジャマしてはいけないと思ったのか、名残惜しそうにしつつも帰っていく。

 

「我々はまだ新規業者ですから、ぜひ何代も続いている二コラさんの薬屋に、秘訣を教えて頂きたいと思っていたんです」

 

「ひけつ……って言っても、母や祖母に教わった通りに作ってるだけなので」

 

「そうなんですね。ということはつまり――」

 

 彼らは突然、イヤらしい笑みを貼りつけて、小声で言った。

 

「顔で売れて楽だなぁ?」

 

 二コラが絶句したところに、もう一人の販売員がわざとマナにぶつかって、その拍子にマナは薬のカゴを落としてしまった。

 

 基本的に怒りっぽくないマナは、なにも言わずに薬を拾おうとした。けれど二コラは我慢できない。販売員に食って掛かった。

 

「ちょっと今ワザとぶつかったでしょ!」

 

「肩がすこし触っただけですよ。女みたいな見た目してるから、ちょっとぶつかっただけで大袈裟によろけてしまうのでは?」

 

「マナにお客を取られて悔しいからって、ガキみたいなイヤがらせするなんてバカみたい! ただの嫉妬じゃないこのブサイク! 今すぐ謝ってよ!」

 

「なんだと? このガキいい気になりやがって!」

 

 怒った販売員が、二コラを地面に突き飛ばした。二コラは土まみれのすり傷だらけになってしまう。今日は暑かったので、半袖と短パンをはいてきたのが裏目に出た。

 

「二コラ!」

 

 マナが駆け寄って、二コラを抱き起こした。

 

「大丈夫? ケガは」

 

「いたたた……ちょっと擦りむいただけ。薬つけておけば治るよ」

 

「フン。貧乏薬師ご自慢の軟膏でも塗っておけ。カビが生えて塗れないってことだったら、オレたちの軟膏を売ってやるよ」

 

「普段の倍以上の値段でな」

 

 せせら笑う販売員たちに、また二コラが怒り心頭で怒鳴りつけようとした。しかしその前に、マナがキレた。

 

「おまえたち、よくもニコラを」

 

 漆黒の前髪の下で、金色の瞳が光った。
 電光石火の早さで、マナの蹴りが販売員の腹部に入る。販売員はひどい呻き声を上げ、もんどりうって倒れこんだ。

 

「ひ、ひいっ」

 

 仲間を見捨てて逃げようとするもう一人の首根っこをつかまえて、マナは拳を打ちこんだ。放るように地面へ捨てて、マナは荒く息を吐く。

 

 二コラは慌てて立ち上がった。

 

「ま、マナ、その辺にしておかないと」

 

 マナの腕をつかんだ時、二コラは息を呑んだ。彼の手袋の下から肘の辺りに掛けて、黒いうろこが生えていたのだ。

 

「マナ、落ちついて」

 

 マナは苦しげに歯を噛みしめて、首を横に振る。ひたいからはいくつも汗が流れていた。

 

「だめだ、二コラ。うろこを抑えきれない。体が全部、心臓になったみたいだ」

 

「なっ、なんだそれは!」

 

 二コラはハッと振りかえった。恐ろしいものを見るような目つきで、販売員たちが後ずさる。

 

「腕にうろこ……?!」

 

「ば、バケモノだ! 人間じゃない!」

 

 二コラは慌ててハンカチでうろこを隠そうとしたが、うろこは二の腕の方まで侵食していく。騒ぎを聞きつけた村人が集まってきて、マナの異相(いそう)を目にした。次々に、どよめきが広がっていく。

 

 販売員が叫んだ。

 

「こいつはバケモノだ! うろこのある人間など見たことがない!」

 

 村人たちは恐れおののいた様子で、マナと二コラを遠巻きに見ている。その中にはエルナおばさんもいた。
 マナは混乱しているようだ。二コラはマナを庇うように前に出た。

 

「ちがう、マナはバケモノなんかじゃない! 普通の人間だよ!」

 

「バケモノを庇うならおまえも同類だ! この女は魔女だ、これは魔女の薬だ。みんな買うな、呪われるぞ!」

 

 さすがはやり手の販売員だ。恐怖にかられながらも、自分の職務を忘れていない。
 村人たちの間に、動揺が広がっていく。

 

「でも、二コラがまさか……」

 

「バカ、見ろよあの腕。普通じゃない。真っ黒のうろこがびっしり生えてるじゃねえか」

 

「に、逃げろ。食われるかもしれないぞ」

 

 村人たちは遠巻きに二コラたちを警戒してみているだけだ。庇ってくれる人はだれ一人いなかった。エルナおばさんが声をかけてくれそうな気配を出したが、すぐ隣のおばさん仲間に止められた。

 

 無数の目に晒されて、まるで針のむしろだった。
 二コラはマナを引っ張るようにして、その場から逃げ出した。そのうち石でも投げられそうな雰囲気だったからだ。

 

 この日は当然のことながら、誰も薬を買いに来なかった。
 夕食に手をつけないほど落ちこんでいるマナに、二コラは「だいじょーぶだいじょーぶ!」とカラ元気を出した。

 

「人のうわさも75日って言うし、みんなすぐに忘れるよ。あれは手品だったって言えばいいんだよ。薬研(やっけん)の連中を驚かせたかったんだってごまかしておけばいいよ」

 

「……うん」

 

 マナは力なく笑った。そして、かすれた声で「ごめんね」とつぶやいた。

 

 

 

 

 二コラはいつもより早い時間に眠りについた。きっと疲れていたんだろう。マナは二コラの細い手足に残る手当てのあとを見下ろした。

 

 二コラに暴言を吐いて、突き飛ばしたあの男たちを許せなかった。激しい怒りを持ったのは事実だ。
 けれど、うろこが二の腕のあたりにまで生えることなど初めてだった。

 

 知り合いの村人は、たくさんいた。けれど、マナを庇ってくれたのは二コラだけだった。

 

『バケモノを庇うならおまえも同類だ! この女は魔女だ!』

 

 販売員の怒鳴り声が、頭に響く。顔を歪めた時、庭の方で気配を感じた。これは恐らく、フレッドだろう。

 

 二コラに掛かった毛布を直してから、マナは庭へ出る。

 

「ああ、マナか。二コラは?」

 

「寝てるよ」

 

「そうか。少し庭で話さないか?」

 

 庭にある木製のベンチに並んで腰をおろす。フレッドは神妙な面持ちで口を開いた。

 

「今日の話は、妹の――エルゼの友達から聞いた。オレたち家族は朝から隣町に行ってたから、騒動のこと知らなかったんだ。肝心な時に村にいなくて、悪かった」

 

 マナは無言で首を振る。フレッドはマナの腕に目を落とした。

 

「うろこ、もう引っこんだんだな」

 

「うん。いつもより時間がかかったけど」

 

「おまえは赤ん坊から1年も経たずにここまで急成長した。普通の人間じゃないってことは、オレも二コラも、充分分かってる。
 けどおまえはいいヤツだし、二コラを大切に思ってくれてる。二コラも、おまえが近くにいないともうダメなんだと思う」

 

 それからフレッドは、言いにくそうに口ごもった。

 

「……オレは二コラに、おまえのことを幻獣保護施設に預けるよう、ずっと言ってきた。おまえの存在は、手に負えないと感じたからだ。けれど二コラは絶対に嫌だと言った。オレだって、二コラとマナが離れ離れになるのは可哀想だと思う。だからどうしていいか分からないんだよ」

 

「僕が、ここを出れば解決するかな」

 

 ぽつりと言った言葉は、ひどくかすれていた。

 

「だから、おまえが近くにいないと二コラはダメなんだよ。くやしーけどな!」

 

 ばん、とマナの背中を叩いてフレッドは嗤う。

 

「とりあえず、おまえたちに関してのネガティブな話を消せるように頑張るよ。あれは手品だったとかなんとか言っておけば大丈夫だろ」

 

 さすがは幼馴染、二コラと同じ考え方だ。しかしマナにはそううまく事が運ぶように思えなかった。
 マナは微笑みを返しながらも、心は深く落ちこんでいた。

 

 フレッドと別れ、マナはベッドにいる二コラを見下ろした。二コラは疲れ切って、泥のように眠っている。
 マナは二コラのためにも、自分が何者であり、どんな力があり、そしてどうしたら二コラを助けられるのかを知る必要があると痛感する。

 

 一度目を伏せ、そして上げて、マナはもう一度外に出た。
 夜の森に入り、あの時と同じ場所で立ち止まった。

 

椿ツバキ桂花ケイカ

 

 呼び声が、暗闇を渡っていく。
 やがて音もなく、人影が森の奥から現れた。椿はいない。金髪の少年、桂花だけのようだ。

 

「呼んだか、チビ」

 

 笑う桂花に、マナは言う。チビと言うが、どちらかというと桂花の方が背は低い。

 

「僕が何者かを知りたいんだ」

 

「青白い顔して、なんかあったのかよ」

 

「二コラが……一緒に住んでいる人が、ケガをしたんだ。僕のせいで村にいられなくなってしまうかもしれない」

 

 桂花は肩を竦めた。

 

「おまえ、人間に入れこんでんのか。すげー笑える」

 

「いいから早く教えてほしい」

 

「まあまあ、焦んなよ。百聞は一見に如かずっていうしな。明日の夜、この地図の場所に来い。面白いもん見せてやる」

 

 マナはすり切れた地図を受けとった。この場所よりもっと奥にある、泉のほとりに青い印がつけられている。

 

 

 

 

 翌日も客は来なかった。二コラは元気に見せているが、物陰でこっそりため息をついているのを、マナは知っていた。

 

 夜、地図の場所に行ってみると、泉を囲うように目に見えない膜が張っているのを感じた。
 それをかき分けるように破りながら入ると、青色の光に包まれた空間に出た。森の木々も泉も底にあるのに、ただ空気だけがうっすら青く色づいているのだ。

 

「ようこそ、マナ」

 

 赤い長髪の青年、椿ツバキが微笑みもせずにそう言った。彼は極端に愛想がないようだ。

 

 彼の後ろには青い髪の少年が、胡座の形をとって1メートルほど宙に浮いていた。伏し目がちだが、眠ってはいないようだ。けれどマナの方を見ることはない。
 彼も人形のように美しい面立ちをしていた。

 

 椿が言う。

 

「結界を難なく破るとはさすがだな。桂花でも無理やり入ることは不可能だというのに」

 

「そこの、青い髪の男の子はだれですか?」

 

「彼の名は桔梗キキョウ。ちょうど今、亜成体あせいたいから成体へ変化する過程にある。
 変化の時は無防備になるため、オレがり人になるよう指名を受け、務めを果たしているのだ」

 

 椿は怜悧な美貌をマナに向けた。

 

「君も時が来ればこうして変化の時を迎える。もう間もなくだろう。もしかすると、桂花の方が先かもしれないな。次は三日後の夜に来るといい。桔梗の移行期が終わり、成体となる」

 

「あなたは……椿はもう成体なんですか」

 

「ああ、そうだ。そしてマナ、オレに敬語を使うな」

 

「でも椿の方が年上に見える」

 

「年齢は関係がない。特に君には」

 

 椿は少しだけ笑みを見せる。

 

「今は桔梗が不安定な状態だ。また三日後にここへ来い。その時に、すべて話そう」

 

 

 

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