前へ 表紙 次へ

 

 三体の竜を引き連れた黒竜は、森に戻ってきた。マナはコウモリのような黒い翼だけを背に残し、地に降り立った。その背後へ、巨大な三竜が地響きとともに着地する。

 

 その様子に、二コラとフレッドは愕然としているようだった。
 二コラをひとりでいさせるのは心配だったので、フレッドについていてもらったのだ。

 

「青い髪の男の人がいきなり現れた時はびっくりしたけど――まさかマナ、おまえが竜だったなんて」

 

「うん、僕もびっくりした」

 

 マナは苦笑した。同時に背後の三竜が美しい青年の姿にとって代わる。
 二コラは恐る恐るといった様子で、口を開いた。

 

「また大きくなったんだね、マナ。ええと、マナだよね」

 

「そうだよ、二コラ」

 

 マナは二コラに笑いかけた。二コラはほっとしたように、緊張をほどく。

 

 成体に移行したマナは、20歳前後の青年の姿になっていた。
 背はスラリと高く伸び、細身のラインに沿う黒い衣服をまとっている。表情からは幼さが抜け、精悍さと妖艶さを兼ね備えた美貌であった。

 

 背後に控える三人の青年も十分に美しい。だが、マナの美しさは彼らと一線を画していた。
 月光に映える白皙はくせきおもてをやわらかく和ませて、マナは口を開く。

 

「これで君を、やっと守れた」

 

 今後、二コラが危険に晒されることはないだろう。
 だからもう充分だ。

 

 マナは二コラから目をそらす。
 目を見たら、言えなかった。

 

「だから、これでさよならだ」

 

「え?」

 

 二コラは意味を取り損ねたようで、ただ首をかしげている。
 だからマナは、もう一度言わなければならなかった。

 

「僕は竜の国に帰るよ。だから二コラとは、ここでお別れだ」

 

「お別れって……え?」

 

 二コラが茫然と、呟いた。

 

「なんで? だって、別れる必要なんてどこにも」

 

「今までありがとう、二コラ」

 

「待って――、ちょっと待って!」

 

 背を向けようとしたマナの腕を、二コラがつかんだ。フレッドの制止は間に合わなかったようだった。

 

「なんで行っちゃうの? あたしはマナが竜でも何でも全然いいんだよ? 一緒にいてくれれば、それでいいんだよ」

 

「二コラがよくても、周りがそうじゃない」

 

 言い聞かせるように、マナは言う。二コラは目を見開いた。

 

「で、でも、フレッドやエルゼちゃんや、エルナおばさんは」

 

「――とにかく」

 

 マナは二コラを振り払った。二コラの傷ついたような目が、マナの心を引き裂いた。
 それでもマナは、二コラのそばを離れなくてはならない。

 

 『バケモノ』、『毒薬を作る魔女』、黒いペンキが撒かれた庭。。そんな悪意に、二度と二コラをさらしたくない。

 

「僕は行く。二コラとはもう、一緒にいない」

 

「待って、嘘だよね。うそでしょマナ。嫌だよ行かないでよ」

 

 泣きすがる二コラを見かねたのか、椿が声を割りこませる。

 

「別れの時間を取りましょうか」

 

「いや、いい」

 

 そんな時間をとってしまったら、余計に離れがたくなるだけだ。

 

「フレッド、後は頼んだよ」

 

 フレッドは苦汁に満ちた表情をしながらも、背後から二コラを抱え込んで後ろへ下がらせる。
 マナは翼をはためかせ、他の三人とともに夜空へ舞い上がった。

 

「やだ! 行かないでマナ! ずっと一緒にいてよ!」

 

「あきらめろ二コラ。あいつとはもともと、住む世界が違ったんだ」

 

「離してフレッドっ」

 

 二コラはむちゃくちゃに暴れて、フレッドの腕から抜け出した。一気に駆けて、石につまづき、泉に落ちそうになってしまう。

 

 だからマナは、考えるよりも先に、動いてしまった。
 宙を滑り降りて、二コラの体が水に触れるより先に、彼女の体を抱きとめたのだ。

 

 そのままふわりと舞い上がって、マナは初めて気が付いた。
 二コラはこんなにも小さくて、華奢だった。ついさっきまでマナの手より大きかったそれは包みこめるほどに小さくて、頼りなかった。

 

 胸を塞ぐ苦しみを押しこめて、マナは言う。

 

「ケガはない?」

 

「マナ――マナ」

 

 二コラは細い腕を伸ばして、二コラに縋りついた。
 いつもキラキラ輝いていた瞳から、涙がたくさんあふれていた。

 

 マナは二コラを抱きしめる。その涙に唇を寄せて、囁いた。

 

「君の悲しみは、ぜんぶ僕が持っていく。だから君はずっと笑ってて」

 

 泣きじゃくる二コラをフレッドに託して、マナは翼をはためかせて舞い上がる。
 今度こそ振り向かず、三竜とともに夜空の奥へ消えていった。

 

 

前へ 表紙 次へ

 

 このページにしおりを挟む
 トップページへ戻る