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 マナが竜の住む浮遊大陸に着地した時は、ちょっとした騒動になった。
 マナは竜の姿ではなく、翼だけを残した人間の姿で現れたのだが、竜族から見るとすぐに黒竜だと判別できるらしい。
 黒竜は竜王の血脈である。だからこそ、騒動になったのだ。

 

 マナと三竜は、鎧を胴体に巻きつけた灰色の竜たちに囲まれた。恭しく礼をとられ、彼らに先導されて、マナたちはは浮遊大陸の上空を進む。

 

 眼下に広がる竜の王国は緑が多い。その中にぽつぽつと巨大な白亜の館が散らばっている。中央にそびえる一際大きな館が、王宮であるらしかった。

 

 長い回廊で三竜と別れ、マナは王の間に通された。室内は装飾品などが置かれていなくて非常にシンプルだが、床や柱は磨き上げられ、美しく艶めいている。

 

 この場所で、マナは父親である竜王都の対面を果たした。

 

「おまえがあの時の子か! いやあ驚いた!」

 

 玉座から立ち上がり、竜王は親しげにマナの前まで進み出る。
 王は父と呼ぶにはずいぶん若かった。まだ30代半ばほどに見える。あとで椿から聞いたのだが、竜族は幼体期と亜成体期が短い分、成体期が長いらしい。

 

 漆黒の髪と金色の瞳。野性的な美貌の持ち主である。マナよりも体格が出来上がっていて、豪快に笑うところをのぞけば、二人はよく似ていた。ひとめで親子だと分かるほどだ。

 

 王はマナを歓迎してくれたが、玉座の隣に座る王妃は逆のようだった。冷たい顔をしてマナを見下ろしている。そんな王妃を、王はちらちらと窺っているようだ。

 

「王妃よ。オレの子が帰ってきたんだぞ。もう少し愛想を良くしたらどうだ」

 

「貴方様がよその女と隠れて作った子など」

 

 王妃は極寒の表情でそう切り返す。竜王だけでなく、マナもたじろいてしまうほどの迫力だった。

 

「い、いやまて王妃。仕方ないだろう。オレたちの一族は子ができにくい。だから男が他の女と番(つが)うのはそう珍しいことでもないはずだぞ」

 

「それはそうですが、だからといってわたしの妹たちに手あたり次第お手付きする貴方様あなたさまの無節操に、ほとほと呆れ果て怒りを感じる次第でございます」

 

「おまえに似た顔と体と肌触りが好みなんだ。だからつい」

 

「死にさらせこのエロトカゲ」

 

「うッ」

 

 容赦ない攻撃を喰らって、竜王はショックを受けているようだ。
 突如始まった夫婦の攻防に、マナはなかなかついていけない。
 竜妃はそんなマナに視線を向けた。

 

「だからといって、黒竜の子を蔑ろにするつもりはありません」

 

 王妃は立ち上がる。布をたっぷり使った装束を身に纏っていた。彼女も若く、20代後半くらいに見える。そして夜の湖を思わせるような美しさを持っていた。
 彼女は静かにマナの前へ足を運んだ。

 

「わたしたちには子がいません。あなたを次代の竜王、王太子として歓迎いたします」

 

「僕が、次の王に?」

 

「もちろんわたしに子ができれば、その子があなたの代わりに王になります」

 

 どちらかというと、マナにはそうなってくれた方がいい。
 王妃はため息をつきつつ、ゆるく首を振った。

 

「ごめんなさいね。あの人がバカなことをするから、ついあなたにも目くじらを立ててしまったわ。あなたに罪はないのに」

 

「いえ、大丈夫です」

 

「あなたはわたしの愛する妹たちいずれかの宿した子。もう少しわたしの心が落ち着いたら、みなで一緒に食事をしましょう」

 

「はい、分かりました」

 

「おお、それはいいアイデアだな。オレも楽しみにしているぞ」

 

「貴方様は招待いたしません」

 

 王妃はツンとあごをそらした。竜王は「やれやれ」と苦笑いしつつ、マナに向き直る。

 

「まあ、こんな状態の我が家だが、今日からおまえはその一員だ。日当りのいい部屋を用意したから、そこに住め」

 

「はい」

 

「肝心なことを聞き忘れていた。おまえの名は?」

 

「マナです」

 

「マナか。竜っぽくない響きだが、そういうのもいいな」

 

 竜王は笑いながら、マナの頭をくしゃくしゃとなでた。

 

 

 

 

 使用人に案内されて、マナは自室に引き上げた。
 王の間とにてとてもシンプルに作られているが、置かれている家具はすべて高級品であることがひとめで分かった。

 

「よう、マナ。ご両親との対面はどうだった?」

 

 気楽に笑いながら、黄竜おうりゅう桂花ケイカが入ってきた。森で会った時は少年だったが、今は20歳前後の青年の姿をしている。線の細い体と繊細な美貌は、一見美しい女性のようだった。
 しかし口を開けばこの通りである。

 

「王妃様はブチギレだったろ? おもしれー夫婦だよな。あれで大恋愛の末の結婚で、さらに今でも毎晩イチャイチャしてるらしいぜ」

 

「断片的にしか分からなかったけど、つまり僕は王様とその愛人の子で、王妃様の子じゃないってことなんだよね」

 

「そうそう。それでさ、おまえの卵をあの人間の……ええと、二コラだっけ? そいつの庭に落としたのは、実はオレのオヤジなんだよな。オヤジは黄竜の長で、竜王とは幼馴染なんだけどさ」

 

 桂花の話はこうだ。

 

 竜王が愛人との間に子を作ったが、その愛人は王妃の妹だった。王妃は妹を溺愛していて、エロトカゲであるところの王の妾などには絶対にしないと公言していたのにもかかわらず、竜王は手籠めにしてしまった(実は妹もまんざらではなかったらしい)。

 

 そのため子の存在が王妃にバレるのはまずいので、友人の黄竜長おうりゅうちょうに頼んで、卵を隠してもらったらしい。

 

「その隠し先が、どうして鶏小屋になるの?」

 

 マナが不審の目を向けると、桂花は軽快に笑った。

 

「木は森に隠せっていうじゃん? 卵があるところなら大丈夫って思ったんじゃねーの」

 

 鶏の卵で竜の卵が隠せると、黄竜長は思ったらしい。

 

「そんなバカな。面倒になって放り投げたのが真実じゃないの?」

 

「オヤジは細かい事を考えるのが苦手なんだ」

 

 桂花はケロリとしている。何というズボラな親子だ。いや、もしかしたら竜族全体がこういうノリなのだろうか。マナは頭痛を禁じえない。

 

「でもこういうことたまーにあるんだぜ。はぐれ竜がたまに人間に見つかることあるだろ? あれは、本妻の怒りを恐れた竜が、こっそり隠した子竜だ。竜は生まれたてでも頑丈で、勝手に食べ物を見つけて成長することができる。自力で生き抜いて、その過程で他の竜に見つかって保護されるパターンが多いな。おまえもまさにそれだろ」

 

「僕は……二コラに育ててもらったから」

 

 ズボラな黄竜長のおかげで二コラと出会えたことも事実だ。

 

「ということで歓迎するぞ王太子。なに、竜族は勝手気ままな一族だ。起きて食って遊んで寝れば、また次の朝が来る。その繰り返しさ」

 

「それで僕は、なんの仕事をすればいいんだ?」

 

「王族が仕事をするだって? おまえ頭おかしいな」

 

「じゃあどうやってお金を稼いで生活するの?」

 

「どうやら王太子殿下には、イチから勉強をしてもらわなきゃならないようだな。明日からこっちの流儀をみっちり教えこんでやるよ」

 

 

 

 

 マナは竜王国のことを学びながら、少しずつ馴染んでいった。
 人間社会にいたころの疎外感は、まったく感じない。
 竜族は皆自由気ままで気負ったところがなく、接しやすい者ばかりだった。

 

 王と王妃はすぐに仲直りしたようで、今ではマナが見ている前でもラブラブだ。いつしか王妃も、マナのことも受け入れるようになっていた。

 

 それでもマナは、二コラの隣以上に心の休まる場所をまだ知らない。
 マナは懐から携帯用の薬入れを取りだした。ケースのフタを開けて、小さな丸薬をてのひらに転がす。

 

 どんな不調もたちどころに消えてなくなる秘薬だと、二コラは言っていた。
 薬をケースにしまって、マナはそれを握りしめた。それから切ない思いで空を見上げる。

 

『また5年経って材料が揃ったら、作ってあげるね』

 

 5年後も、きっと、会うことはないだろう。

 

 

 

 

 一方二コラは、マナがいなくなったことによって、意気消沈して日々を過ごしてい……なかった。

 

(だって、大好きなのに、会いたいのに、会えないなんておかしい)

 

 薬学研究所の連中はめっきり大人しくなった。営業妨害に遭うことなく、二コラは薬を作りつつ平穏に日々を過ごしていた。
 そのかたわらで、竜族と会える方法を片っ端から調べた。

 

 今まで竜族に興味などなかったから知らなかったが、村から遠く離れた帝都では、5年に一度『竜神祭(りゅうじんさい)』が行われるらしい。
 これは皇帝一族が竜王族をもてなし、交流をする祭事だそうだ。
 そしてこの期間およそ30日ほど、竜族の主(おも)だった者たちが王都に滞在するという。

 

 竜神祭は、下々の民にはその日にちが知らされるだけで、実際に竜の姿を見られるわけではない。
 竜王族が来るから、この期間はみんな悪いことをせずにおとなしくしていなさいよ、というお達しのために、日にちが発表されるだけなのだ。

 

 だから、この時期に王都に行ってもきっとマナには会えないだろう。
 でももしかしたら百万分の一の確率で、遠目からチラっとだけでもマナの姿が見えるかもしれない。
 それだけでも王都へ行く価値はあると、二コラは思った。

 

「二コラひとりじゃ心配だから、オレもついていこうか?」

 

 フレッドがそう言ってくれたが、彼の仕事を邪魔するわけにはいかない。
 数日分の薬を客たちに渡したあと、二コラは旅の荷物をまとめて乗合い馬車に乗りこんだ。

 

 滞在は予算や休業日の兼ね合いを考えて、一週間の予定だ。
 早朝から馬車を乗り継いで、二日かけて王都に辿りついた。
 巨大な城壁の門で、滞在の手続きをして、宿を取る。それから二コラは都を散策することにした。

 

 明日から竜神祭といっても、実際に竜が見られるわけではないので、宿は混んでいなかったし、都中がお祭り騒ぎというわけでもなかった。
 いつもどおりの日常、という感じだったが、それでも村とは段違いの賑わいだ。ついつい珍しいお菓子やら置き物やらを買い込んでしまい、二コラは両手いっぱいに紙袋を抱えてヨロヨロ道を歩いていた。

 

 宿へ帰る途中で、賑やかな中心部とは場違いなほど暗い一角に、柵に囲われている小さな花壇を見つけた。しかし酷く荒れていて、中の草花は枯れる寸前だ。

 

 二コラは通りすがりのおじさんに「どうしてこのままにしているの?」と聞いてみた。
 お腹のでっぱったおじさんは、あごをさすりながら答えてくれた。

 

「近くの修道院が薬草畑を作ろうとしたらしいんだが、うまく育たなかったとかで数日前からずっと放りっぱなしさ。専門の業者に頼めばいいものを、雇用費をケチったんだろ。あれじゃあ草花が可哀想だが、わしらも薬草の扱い方なんて分からない。何とかしてほしいよなぁ」

 

 薬草と聞いたからには、調べてみるしかない。二コラは荷物を抱えながら検分してみた。
 確かに栽培に難しいと言われている種類が植えられているようだ。貴重な苗もあるのに、実にもったいない。

 

(こんな大荷物じゃなかったら、応急処置だけでもしたんだけどな)

 

 そろそろ日が沈む。今日薬草の面倒をみるのは無理そうだ。今度また時間を見つけて訪れよう。
 二コラは後ろ髪を引かれつつも、宿に戻った。

 

 

 

 

 竜神祭の初日である。
 二コラは朝から王宮の近くをウロウロしていた。何とかちらっとでもマナの姿が見えないかと思ったからだ。我ながら怪しすぎるが、あの別れに納得をしていない以上、二コラにはこういう方法でマナにコンタクトを取るしか方法がない。

 

 しかし結局は不審人物として守衛から追い払われてしまった。

 

(やっぱり無理なのかな……)

 

 マナは黒いうろこを持つ黒竜で、竜族の王の血脈であるという。
 人間にとって、神にも等しい一族である竜の、さらに頂点だというのだ。

 

(やっぱりもう一度会うなんて、ムリなのかな……)

 

 帰り道を辿りながら、二コラはどんどん落ちこんでいく。

 

(いやいやでもまだ滞在二日目だし、あと5日あるし、あきらめないぞ!)

 

 無理やり自分を奮い立たせながら、二コラは例の畑に足を運んだ。薬草の手当てをしようと思ったからだ。

 

 しかし遠目から見ると、薬草園には先客がいた。目を見張るような美青年が、せっせと土いじりをしている。
 その青年の顔をじっと見てから3秒、二コラはあまりの驚きに民家の影に隠れた。

 

 汗まみれの土まみれになりながら、頭にタオルを巻いて、庶民の服を着て、それでもキラキラしたイケメンオーラを溢れさせている。
 マナだった。
 どこからどう見ても、マナだった。
 成長したマナのことは別れの時に一度見ただけだが、それでもあれはマナだとひとめで分かった。

 

 マナは神として崇められ、最賓客として迎えられ、王宮の貴賓室にいるはずだ。

 

(それなのにどうして庶民の服で土いじりしてるの?!)

 

 二コラは大混乱に陥った。
 そうこうしているうちに、見事な金髪の、これまた超イケメンの青年が現れた。そして二人揃って薬草園から出ようとする。

 

 その時ふと、マナの視線がこちらに流れた。二コラは思わず隠れてしまう。
 金髪が呑気な声を投げた。

 

「どうしたんだよ」

 

「いや。……きっと気のせいだ」

 

 久しぶりに聞くマナの声は、少年だった頃より低くなっていて、それでも耳心地がいい。
 二人は王宮の方角に立ち去っていった。

 

 彼らの姿が見えなくなってから、二コラは薬草園に入った。
 綺麗に耕され、苗が等間隔に並べられ、肥料が加えられている。
 この几帳面なやり方は、まさにマナだった。

 

 でも、と二コラは思い直す。

 

 賓客である竜族が、しかも王族が、こんなところで畑仕事なんてしているわけがない。
 きっと見間違いだ。あまりにもマナに会いたくて、幻覚を見たのだ。

 

「うん、きっとそうに決まってる」

 

「おや、あんた昨日の」

 

 いきなり背後から声を掛けられて、二コラは飛び上がった。振りかえると昨日のおじさんが立っている。

 

「おお、薬草園が綺麗になってるじゃないか。あんたがやってくれたのかい?」

 

「そうじゃなくて、黒髪のイケメンがやってくれてたの。ねえおじさん、この辺に黒髪で金の目のイケメン住んでたりする?」

 

「そんなのいたかなぁ」

 

 おじさんは首をかしげた。

 

「でもここは天下の帝都だから、イケメンならいっぱいいるぞ。ほら、おじさんもイケメンだろ、わっはっは」

 

 おじさんは出っ張ったおなかをぽんぽん叩いて笑っている。

 

 イケメンがいっぱいいるなら、あの人はやっぱりマナのそっくりさんだったんだ。
 綺麗なお兄さんとマナが被って見えてしまっただけなんだ。

 

(うん、きっとそうだ。混乱してまともに顔を見てなかったから、勘違いしちゃったんだ)

 

 今度見かけたらちゃんと顔を見て、別人だということを確認しよう。

 

 

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