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 翌日、再び二コラは王宮の周りをウロウロした挙句、守衛に追い払われた。
 試しに「竜族に会ってみたいの」と頼んでみたが、

 

「貴様のような街娘が、あのような高貴な方々にお会いできるはずないだろう」

 

 と馬鹿にされて終わった。
 やっぱりそうだよなぁ、と二コラは肩を落とす。
 意気消沈しながら戻る途中で、また薬草園を通りかかった。
 なんと、今度は柵が新しくなっていて、新たな苗が追加されている。

 

 いつものおじさんがまたしても通りかかった。

 

「おお、お嬢ちゃんの言ってたイケメン、おじさんも見たぞ。確かにいい男だったなぁ。あんないい男はちょっとこの辺では見ないぞ。一生懸命畑仕事をしていたから昼メシでもごちそうしてやろうと思ったんだが、イケメンオーラが凄すぎて近寄ることすらできんかった。どこかから来た旅行者かなぁ」

 

 近寄ることすらできないほどのイケメン。
 しかも、追加された苗は、二コラの薬草園にいつも植えていたものである。

 

(も、もしかしたら本物かも……)

 

 二コラは心臓がドキドキしてきたので、両手で胸をおさえた。

 

 マナはカンが鋭い。本来なら、最初に見かけた時の距離であればすぐに二コラの存在に気づいたはずである。
 でも二コラは、マナが実は土いじりが苦手なことを知っていた。マナは言わなかったが、表情で何となく察していた。
 苦手な土いじりを一生懸命していたから、二コラの存在に気づかなかったのかもしれない。

 

 これ以上王宮の周りをウロウロしていたら、今度こそ牢屋に入れられるかもしれない。明日は畑を耕す謎のイケメンの正体を明かすことに専念しようと決めた。

 

 

 

 

 翌日薬草園へ行ってみると、なんと街娘たちの人だかりができていた。
 黄色い悲鳴とあいまって、薬草園の中が全然見えない。

 

 二コラが茫然としていると、おじさんがやってきた。

 

「とんでもないイケメンがいるってのを酒場で喋ったら、噂になっちまったみたいで」

 

 余計なことしてくれちゃって、確かめようにも姿が見えないじゃないか!

 

 二コラは飛んだり跳ねたりしてみたが、ただでさえ小柄だからどうしても見ることができない。
 途方に暮れていると、少し離れた民家の影に金髪の青年を見つけた。初日に黒髪イケメンを迎えに来た人物だ。金髪も相当なイケメンだが、彼は目立たないように隠れているせいか、街娘らに見つかっていないようだった。

 

 二コラは思い切って、金髪男に声を掛けてみることにした。

 

「どうもこんにちはー。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

「えっ、おまえあの時の?!」

 

 金髪はよく分からない反応をしてくる。

 

「あの薬草園の人、黒竜だったりします?」

 

「えっ、そ、そ、そんなわけねーだろ」

 

 金髪は慌てたように否定した。二コラはがっかりする。

 

「そうだよね……。変なこと聞いてごめんなさい」

 

 肩をしょぼんと落ちこませて帰ろうとすると、金髪が引きとめてきた。

 

「なあ、あんたさ。もしあれが黒竜だったとして、そしたらどうする気なんだよ」

 

「あたし、ちょっと前まで黒竜と一緒に暮らしてたんだ。信じられないかもしれないけど」

 

 二コラは寂しい気持ちで笑みを浮かべた。

 

「話したいことや、一緒にしたいことがいっぱいあった。でも今はただ、元気でいる姿が見られたらそれでいいかな。ものすごーく雲の上の人だってことが、イヤでも分かっちゃったし」

 

「ふーん……」

 

 金髪は何かを考えているようだ。そしておもむろに尋ねてくる。

 

「あんた、オレのこと覚えてない?」

 

「全然」

 

「あ、そう。ならいいことを教えてやるよ。今日の夜、宵の鐘が鳴るころに、王宮の城壁の西の塔あたりにいな。そこから3階のバルコニーを見るんだ。お望みのモノが姿を現すかもしれないぜ。
 ただし、声は絶対に立てるなよ。灯りも消せ。守衛に見つかったら追い払われちまうからな」

 

 

 

 

 あの金髪、何者なんだろう。明らかに怪しい。
 二コラは行かないことに決めていた。夜の街に女の一人歩きは危ないものだ。
 しかも灯りを消せだなんて、真っ暗で何も見えないから余計に危険ではないか。

 

 しかし、帝都に滞在できるのもあと4日だ。今のままでは到底マナに会えそうにない。

 

(畑仕事をしていたのが、マナだったら良かったのに)

 

 夜、宿のベッドにうつぶせになって、二コラはぎゅっと目を閉じる。
 心なしか、頭痛がして、全身が重くなってきた。

 

(そうしたら、会えたのに)

 

 でもあの金髪が違うとはっきり否定した。だから、その可能性はゼロなのだ。

 

 マナに会いたい。ひと目でいいから、ほんの一瞬でもいいから、マナに会いたい。話したいなんて、もう思わないから。目線さえ合わなくったって構わないから。

 

 マナと過ごした日々がよみがえってくる。今は一人きりであの家に住んでいる。朝起きておはようを言う相手もいなくて、一人でごはんを食べて、仕事をして、冷たいベッドで眠る。

 

 本当は、また一緒に暮らしたかった。いつでもそばにいてほしかった。ひと目見られればいいなんて嘘だ。喋って、笑って、同じ時間を同じ空間で過ごしたい。

 

 もうそれが叶わないと分かっていても、それでも求めてしまうのだ。
 あの別れに、二コラは全然納得できていないのだ。

 

 二コラは宵の鐘が鳴る時間が近づくにつれてソワソワし出した。それがついに聞こえてきたら、もういてもたってもいられなくなり、宿から駆け出した。

 

 街灯がぽつぽつ灯る道を、ランプ片手に走り抜けていく。途中でいつものおじさんが、千鳥足で通りかかった。

 

「おやお嬢ちゃん、こんな夜更けにどこ行くんだい?」

 

「ちょっとそこまで!」

 

 そうして二コラは西の城壁に建っている塔に辿りついた。言われたとおり、ランプは消してある。
 全力疾走したせいで、息がひどく上がり、心臓が暴れていた。くるぶしを草がチクチク刺した。

 

 辺りは闇に沈んでいる。
 二コラは3階のバルコニーを見上げた。
 そして、そこに立つ人影を見つけて、ゆっくりを目を見開いた。

 

 マナだ。
 間違いない。

 

 マナはバルコニーの柵に背をもたせて、もう一人の人影と話をしているようだった。話し相手は恐らく金髪の青年だろう。

 

 涼やかな初夏の夜風がそよいで、マナの美しい黒髪を流していく。室内から漏れる灯りに金色の目が光る。陰影の落ちる白い頬。スラリとした長身。

 

 それは、別れ際に見た青年姿のマナに間違いなかった。

 

「……マナ」

 

 かすれた呼び声が、唇から零れ落ちた。それを追うように、二コラの頬を涙が伝う。
 遠目から出も、姿を見ることができた。

 

(良かった、元気そう)

 

 ぐずぐずと鼻を鳴らして、二コラは目元を拭う。
 さっきまでマナと話したいと思っていたのに、姿を見たらそれだけで胸がいっぱいになってしまった。

 

(マナ、綺麗な服着てる)

 

 フレッドのお下がりや、市場で買った古着ではなく、サラサラした生地の美しい衣服を纏っている。
 誰よりも綺麗な容姿で、上質な服を着て、王宮に招かれている。もうマナは、二コラとは別世界の人になったのだ。
 なんとなく分かりかけていた事実を、二コラは改めて実感した。

 

 あの金髪は、マナと仲が良さそうだった。マナは竜族にちゃんと受け入れられているのだろう。村にいた時のように、バケモノだと指弾されることもない。

 

「良かったね、マナ」

 

 マナが幸せなら、それでいいと思った。寂しいけれど、それでいいと。

 

 涙をぬぐいながら、二コラは一歩後ろに下がる。それから踵を返し、宿に戻ろうとした時だった。

 

「おまえ最近ウロウロしていたやつだな!」

 

 びくりと二コラは立ち止まる。昼間に何度も二コラを追い払っていた守衛が、怒りながらこちらに駆けてきた。

 

「こんなところで何をしている。灯りまで消して、王宮に忍び込もうとしていたのか」

 

「違うよあたしはただ」

 

「いいから来い! 大事な竜神祭の真っ最中に問題を起こされちゃ困るんだよ」

 

 二コラはあっという間に後ろ手に縄を掛けられてしまった。そして乱暴に腕を引かれて、守衛の詰所にある留置所にぶち込まれてしまう。
 詰所はすぐ右手にあった。もっと早く気づいていたら、守衛に見つからないよう隠れていたのに。

 

 二コラは慌てて鉄柵に取りすがる。

 

「話を聞いてよ! あたしはただ観光に来ただけで」

 

「おまえ、昼に『竜族に会いたい』とか言ってた奴だろ。おまえみたいな狂信的なおっかけが一番厄介なんだ。竜神祭が終わるまでそこで頭冷やしてろ!」

 

 守衛はそう言い放ち、留置所から出て行ってしまった。
 剥き出しの石床の上で、肌寒さに二コラはぶるりと体を震わせる。

 

 

 

 

 桂花が「夜風に当たろうぜ」と提案した。マナには特に断る理由もなかったので、バルコニーに出た。
 初夏の風が城壁の方へ流れていく。夜とはいえ王宮は守衛や使用人などが多いため、あちこちで人間の気配がしていた。

 

「帝都に来てからおまえ疲れてねーか? 懐かしの地上だし、もっと喜ぶかと思ってたのに」

 

「別に、僕は地上が好きなわけじゃない。人が多いところは昔から苦手なんだ。雑多な気配に直接肌を逆なでされてるようで気持ち悪い」

 

 マナはため息をついた。
 人が多くても大丈夫な場所は、二コラの隣以外、どこにもない。

 

「五感が鋭いのも考えモノだな。オレはこういうザワザワしたの、楽しくて仕方ないけどなぁ」

 

 そう言いながら、桂花はチラチラと外を気にしているようだ。マナは眉をひそめる。

 

「どうしたの桂花。まさかまた夜の街に繰り出したいと思っているんじゃないよね。もう僕は付き合わないよ。アルコールも、媚びを売ってくる女性も、嫌いなんだ」

 

「おまえ嫌いなモノ多すぎ。畑耕してた時が一番生き生きしてたもんなぁ。土いじりも嫌いなくせに、変なやつ」

 

 桂花が呆れたような表情になる。その時、城壁のあたりが騒がしくなった。騒ぎはすぐにおさまり、人の気配が遠ざかっていく。

 

「どうしたんだろう。誰か捕まったのかな」

 

 マナは城壁を見下ろしたが、人の姿はすでになかった。ふいに懐かしい匂いがした気がしたが、風上にいたことと、他の雑多な気配に紛れてしまったことで、すぐに分からなくなる。

 

 桂花に目を戻すと、なぜか彼はひどく青ざめていた。

 

「腹が痛くなってきた! 部屋に戻る!」

 

 と言い捨てて、猛烈な勢いで部屋を飛び出していく。
 一人残されたマナは、びっくりすることしかできなかった。

 

 

 

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