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 翌朝である。
 日の光に誘われて、二コラはゆっくりと目を覚ました。そして、見慣れない天井にまばたきをした。

 

 ベッドがフカフカすぎて、違和感がある。しかも、妙に温かい。
 不思議に思っていると、ふいに横から声が滑りこんできた。

 

「おはよう、二コラ」

 

 声の方を見ると、同じベッドの中にマナが寝転んでいて、優しく微笑んでいる。
 マナは頭が真っ白になった。ぽつりとつぶやく。

 

「これも、夢?」

 

「じゃないと、僕も思いたいけれど」

 

 マナは、シーツと二コラの間に腕を差し入れて、二コラをそっと抱き寄せた。二コラのおでこに頬をくっつける。
 二コラの心臓が、どうしてか跳ね上がった。

 

「熱は下がったみたいだね。よかった。さすが二コラの薬だ」

 

「あ、あたしの薬って?」

 

 マナの腕の中で動揺しながらも、二コラは尋ねる。

 

「以前くれた秘伝の丸薬だよ。5年に1つしか作れないっていう」

 

「えっ、あれあたしに使っちゃったの?!」

 

「うん。ごめんね、僕のために作ってくれたのは分かってたんだけど」

 

 マナは二コラの顔を見下ろした。
 記憶の中のマナは、たいてい赤ん坊の姿か14歳くらいの少年の姿をしていたから、大人の姿のマナに、二コラは戸惑ってしまう。
 赤ん坊や少年の頃のマナは、ただ可愛かった。けれど今のマナは近寄りがたいほど綺麗なのだ。

 

「どうやら僕はずいぶんと丈夫に育ったらしくて、風邪なんてめったに引かないんだ。だからあの薬は、使わずにずっと持っていようと思っていたんだけど」

 

 マナは大きなてのひらでそっと二コラの頬を撫でた。

 

「二コラがとてもつらそうだったから、早く治ってほしかったんだ」

 

「……マナ」

 

 二コラの視界が滲んでいく。
 最近は泣いてばかりだ。

 

「あたしね、マナに会いたかったんだ。また前みたいに一緒に暮らしたかった。それが無理なら、せめてちょっとでも話したかった。だから帝都に来たの」

 

「ひとりでこんな遠いところまできて、無茶して体調まで崩して、二コラは僕の寿命をどれだけ縮める気なの」

 

 そういって微笑むマナも、少しだけ目が潤んでいる。綺麗に煌めく、金色の目だ。
 マナに抱きつきながら、二コラは言う。

 

「あんな風に突然あたしのそばからいなくなって、親不孝者だよマナは。マナに『二コラのこと顔も見たくないほど大嫌い』って言われるまでずっと、無茶し続けるんだからね」

 

「そんなこと言えるわけないよ」

 

 マナは大きくなった体で、二コラを胸の奥に抱きこんだ。

 

「僕もずっと、会いたかった。でも会えないと思ってた。それなのに、二コラの方から会いに来てくれるなんて」

 

「あたしのとりえは行動力だから」

 

「そうだね。さすが二コラだ」

 

「ねえマナ。こうやって二人でひとつのベッドに寝るの、久しぶりだね」

 

 二コラはマナの目を覗き込むようにして笑った。

 

「嬉しいな。あったかい。竜神祭が終わったあとも、時々でいいからこうやって会える? マナ、忙しい?」

 

「あ、いや、僕は毎日なんにもしてないから忙しくはないけれど」

 

 マナはなぜか、少しだけ耳を赤らめてセキ払いした。

 

「僕も見てのとおり成長してるから、頻繁に一緒のベッドで寝るわけにはいかないかな」

 

「そっかぁ……。やっぱり竜族は人間と話したらいけなかったりするの?」

 

「そういうわけじゃなくて。二コラ、ちょっとソファに移動しようか。体、大丈夫?」

 

「うん、もう元気」

 

 二コラは元気なところを見せるためにベッドから飛び降りた。

 

「ほら、元気でしょ?」

 

「だからさ二コラ。病み上がりでそういう無茶をされると、僕の心労が増すからやめてほしいんだけど」

 

 困ったように言うマナと並んでソファに腰を下ろした。今気づいたが、ものすごく豪華な部屋だ。調度品はピカピカしていて、絨毯はフカフカで、ソファは総革張りである。きっとここは王宮の一室なのだろう。

 

「さっきの話の続きだけど、竜族に人間と話しちゃいけないっていう掟はないよ。竜族は基本的に自由気ままで、どれほど勝手に生きようと構わない種族なんだ。特に僕みたいな王族になると、余計に周囲からの口出しはなくなる」

 

「それじゃあいっぱい会えるってこと?」

 

 二コラはパッと笑顔になった。一方でマナは神妙な顔になる。

 

「でも、地上と空を行き来してみて気づいたんだ。僕は人間社会にいられない。竜神祭で思い知ったよ。人間に対して僕ら竜の力は圧倒的で、ただそこにいるだけで調和を乱してしまう。ちょっと土いじりをしていただけで、ものすごく注目を浴びたんだ。あれには驚いたよ」

 

「あ、やっぱりあれマナだったんだ」

 

 マナが注目を浴びたのは、圧倒的な力の差というより、ただただイケメンであるがためだったのだが。

 

「そういうことが日常的に起こっては、普通の生活なんてできない。竜はあまり地上に降りるべきではないんだ」

 

「そっかぁ……。じゃあやっぱり会えなくなるってこと?」

 

「だから二コラ。もし君が良かったら、僕と一緒に浮遊大陸に来てほしい」

 

 二コラはびっくりして目を見開いた。マナは真剣な表情で二コラを見つめている。

 

「わがままを言ってごめん。フレッドやエルナおばさん、村の人たちと離れてしまうから、二コラは寂しくなってしまうかもしれない。薬屋も、今までのように毎日開くことはできなくなる。けれど、フレッドみたいな定期のお客さんに薬を届けることだけは、欠かさずできるようにするから」

 

「定期のお客さん……」

 

「ごめん。本当に勝手なことを言ってるのは自分でも分かってる。一度は別れることを決意したのに、自分でも本当に情けないけれど、一度会ってしまったらもう駄目だった」

 

 マナの、綺麗な金色の瞳に切なさが混じる。

 

「好きだよ二コラ。君が浮遊大陸でも不自由な思いをしないように、僕がずっと守るから。だからどうか、これから先もずっと、僕のそばにいてくれないか」

 

「……え、えーと」

 

 かぁっと二コラの顔が赤くなった。ごまかすように笑う。

 

「それ、なんだかプロポーズみたいだね」

 

「えっ、そ、そうなの」

 

「うん」

 

「そっか」

 

「うん」

 

 真っ赤になったふたりの間に、微妙な沈黙が落ちる。
 やがてマナが気を取り直したように居住まいを正した。

 

「それなら二コラ。改めて」

 

 ソファに置いていた二コラの手に、自分のそれを重ねて、マナはやわらかく笑った。

 

「僕のお嫁さんになって、ずっと一緒に暮らしてください」

 

「喜んで!」

 

 満面の笑顔で、二コラはマナに抱きついた。マナはからくも彼女を受けとめて、それから優しく二コラを抱きしめた。
 大切な宝物を、もう二度と手放さないように。

 

 

 

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