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 竜族の女性は、とかく綺麗な人が多い。多いというか、全員綺麗だ。

 

「……ニコラちゃん……遊びましょ……」

 

 白い頬をピンク色に上気させて、超美少女の鈴懸(すずかけ)が、今日もニコラを誘いに来た。
 薬の調合室で仕事をしていたニコラは、「もうちょい待ってて」と、量りに生薬を乗せていく。

 

 竜族は男も女も美しい。
 男は美しいだけでなく、力も強い。特に黒竜は、竜に変化した時にもっとも体が大きく、戦闘力が高いそうだ。だから黒竜は王座の地位にある。
 竜族の男は、美しさよりも力の強さで優劣を競う。

 

 しかし女はそっち方面に興味がない。
 また、容姿が美しいのはあたりまえで、それをどれだけ磨き上げられるかを競っている。
 お茶会で、晩餐会で、舞踏会で。
 彼女らは、自らを飾り立て、互いを褒め合い、さらに研磨していく。

 

(あたしには無縁の世界だなぁ……)

 

 ニコラは秘伝の調合レシピを見つつ、生薬とはちみつを練り合わせる。

 

(特別綺麗なわけじゃないし、飾り立てることにもキョーミないし)

 

 鈴懸は、椅子にちょこんと座ってニコラの作業を嬉しそうに眺めている。
 そのさまは、まるで可憐な花のようだ。

 

 練り合わせたものを丸薬に仕立てて、ニコラは薬を完成させた。

 

「でーきたっ。次は開店準備!」

 

「……わたしも……店番する……」

 

 最近鈴懸は、お店の手伝いをしてくれている。申し訳ないので、ニコラはお給料を支払っていた。鈴懸は、「……?」と首をかしげながらも受け取っている。

 

 離れの一部を改造して作ったお店に、今日も竜族たちが薬を買い求めに来る。

 

「おはようニコラ! この前の腹痛の薬、すっごく効いたわよ。今度は子どもが同じ風邪にかかってしまったの。同じ薬、あるかしら」

 

「ありゃりゃ、あの風邪は移りやすいもんね。子どもの体重教えてくれる? 量を調節するから」

 

「ニコラー、オレさっき転んでヒザ擦りむいちまった。薬塗ってー」

 

「おっと、血が出てるね。ちょっと待って、消毒するから。あんまり無茶ばっかりしちゃだめだよ」

 

 開店からてんてこまいだ。老若男女問わず、見目麗しい竜族が次々に来店してくる。ニコラは裳(しょう)の裾(すそ)をひるがえしながら、パタパタと店内行き来しながら対応に追われていた。

 

 鈴懸はあわただしく動くのが苦手……というかできないようなので、もっぱらお会計係として椅子に座っている。
 彼女はたいてい、艶(あで)やかなシルクサテンの長衣姿(ちょういすがた)なので、ただそうしているだけで店内が華やいだ。

 

 そうこうしている間に、あっというまにお昼休みになった。

 

「ふー、今日も働いたー! おつかれ鈴ちゃん。お昼ごはんにしよっか」

 

「……わたし……もち米の包み蒸しと、肉団子作ってきたの……」

 

「わあ、ありがと! じゃさっそく食堂に行こう」

 

「……今日も、マナ様、いる……?」

 

「うん、一緒に食べるよ」

 

「……がっくり……。ニコラちゃんとふたりきりがいいのに……。ニコラちゃんとマナ様がいちゃいちゃするの……イヤ……」

 

「?! いっ、いちゃいちゃなんてしてないじゃん!」

 

 ニコラは調合室の器具を片して、秘伝のレシピ帳を引き出しにしまった。

 

「……ずいぶんと……ぶ厚いノートなのね……」

 

「うん、ずっと前の代から伝わるレシピ帳だからね。あたしもどんどん書き足してるから、ぶ厚くなるばっかりなんだ」

 

「……ニコラちゃんの、お薬のもと……?」

 

「そうそう、これがないと細かい計量がわかなんなくなるから、ものすっごく大事。薬師の命っていっても言いすぎじゃないくらい」

 

 鈴懸はうっとりと「……すてき……」とつぶやいている。
 その横顔を見てニコラは、

 

(ほんっとーに可愛いな、鈴ちゃん)

 

 と、つい見惚れてしまった。

 

(あたしは平々凡々な見た目だけど)

 

 それでもニコラには、薬師という職がある。
 人間の自分でも、竜族の役に立てている。それは単純に嬉しいことだった。

 

 ニコラは鈴懸の手を引いた。

 

「鈴ちゃん、マナを呼びにいこっか!」

 

「……ええー……いやだなぁ……」

 

「そういうこと言わない!」

 

 

 

 

 食堂の円卓に座って、マナを含めた三人でおいしく昼食をとった。

 

(いちゃいちゃなんて……してないし)

 

 鈴懸作の、ほかほかした蒸し米を食べる。だしが染みていておいしい。
 最初は箸(はし)というものになかなか慣れることができず、四苦八苦していた。けれど最近はうまくつまめるようになった。

 

 ふいにマナが、

 

「ニコラ、ほっぺについてるよ」

 

 とニコラの頬についた米粒を取ってくれた。しかし、その取り方が良くなかった。
 鈴懸がジトっとした目で見ている。

 

「……ほら……いちゃいちゃしてる……」

 

「ま、マナ、ひとまえで、ほっぺ舐めないで!」

 

 ニコラは慌ててマナに訴えるが、マナは破壊的に綺麗な顔でにこにこするばかりだ。

 

「ニコラ、仕事の調子はどう?」

 

「うん、うまくいってるよ」

 

「……今日も、お客さん、たくさん……」

 

 美麗な竜に挟まれながら、ニコラは肉団子をぱくんと食べる。

 

「あたしはただの人間だけど、薬を作ることで喜んでもらえるから、すっごく嬉しいよ」

 

「ニコラは頑張り屋さんだね」

 

「……ニコラちゃん……かよわい人間……そそられる……」

 

「あ、ええと、そういうことを言いたいんじゃなくて」

 

 そもそも、そそられるというのはどういうことなのか。ニコラは若干混乱しながらも、昼食を食べ終えた。

 

「よーし、じゃあ午後の仕事もがんばってくるね!」

 

「あんまり根を詰めすぎないようにね」

 

「……あたしも……手伝う……」

 

 ニコラは鈴懸と一緒に調合室へ戻った。
 道具を並べて、引き出しから調合ノートを出そうとして――ふと、手が止まる。

 

「……あれ?」

 

「……どうしたの……ニコラちゃん……」

 

「あれ、おかしいな」

 

 作業台の引き出しをぜんぶ出して、棚も全部開いて、両膝をついて床を探して――けれど、見つからない。

 

「どうしよう」

 

 ニコラはいっきに青ざめた。

 

「レシピ帳が、なくなってる!」

 

 鈴懸は、不思議そうに首をかしげた。

 

 

 

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