ネット小説 【ハピネス】 (6)

【5】 ネット小説【ハピネス】 

 

「俊ちゃん、学校遅刻するよー!」

 

 階下から元気な声が聞こえる。
 俊一は生返事をしながらも、携帯のボタンを押していた。

 

「俊ちゃん?」
「え? うわあっ」

 

 玄関にいると思っていたあやめが、突然背後に現れたものだから、思わず携帯を落としそうになる。
 窓からは太陽の光が惜しみなく差し込む。机の上の目覚まし時計は、8時を指していた。

 

「これはもう、カンペキに遅刻だねー」
「もうちょっと待っててくれ。このメール送信するから」
「不精の俊ちゃんがメールするなんて珍しいね」

 

 ギクリとして、ふたたび携帯を落としそうになる。

 

「そ、そうか? オレこれでも結構メール好きなんだぞ」
「そう? まあ、いいけど。じゃああたし下にいるね。奈美子さんの卵焼き、好きなんだ」

 

 あやめの背中を見送りつつ、遅刻しそうなのに呑気だなと、内心つっこみを入れた。自分も人のことは言えないが。

 

「えーと……。送信、と」

 

 ボタンを押すとあっけなく、紙飛行機のイラストが飛んでいく。真剣に考えて作った文章も、メールだと軽い。
 けれど彼女は、軽く受け取らないだろう。俊一は今朝届いたメールを、もう一度開いた。

 

『昨日は呼び出してくれてありがとう。真剣に相原くんの気持ちを伝えてくれて、嬉しかった。泣いちゃってごめんね。そのまま逃げ出しちゃって、本当にごめんなさい。また会うと、泣いてしまうかもしれないから、メールにします。相原くんのことはまだしばらく忘れられないかもしれないけれど、』

 

 文章をスクロールする。最後の文章に、笑みが零れた。

 

『それでも、わたしは幸せだよ。いつかきっと、わたしのことを好きになってくれる誰かが現れると、信じてる。相原くんも、あやめちゃんとずっと、幸せでいてね』

 

「篠原なら、絶対大丈夫だよ」

 

 携帯をたたむ。あやめが開けっぱなしにしていた扉から、朝食の匂いが漂ってくる。
 一生懸命生きていける人は、大丈夫だ。
 人はいつ、いなくなるか分からないのだから。

 

「俊ちゃん、準備できた?」

 

 扉からあやめが顔を出す。ああ、と頷いて、あやめを引き寄せる。そのまますっぽりと、抱きしめた。

 

「え? えっ? し、俊ちゃん?」
「……はー。癒されるなぁ」
「えー……。オヤジくさい……」
「15歳ピチピチのオレに、なんという暴言を」

 

 腕の中で、あやめがくすくす笑う。
 とてもありきたりな言葉だけれど、あやめのことを、宝物だと思っている。
 ただそばにいるだけで笑みが零れる。だから壊れないように、なくさないように、大切に、抱んでいたい。

 

 遅刻決定の、冬の朝。
 青い空はどこまでも続き、白い鳥が一羽、飛んで行った。

 

 

 

 

【5】 ネット小説【ハピネス】 

 

 

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