ネット小説 【姫君と騎士の旅】 第1幕(1)

ネット小説【姫君と騎士の旅】 第1幕【2】

 

「15歳の誕生日、おめでとう。メイベル」

 

 王国暦894年、春。
 サウスヴァール王国の女王、オーレリアは、愛娘の誕生日を心から祝福した。
 毎年恒例の盛大なパーティは、だが今年に限って行われなかった。それでもメイベルの元にはたくさんのプレゼントが届いたし、可愛らしいケーキも、綺麗な食事も揃っていたから、特に気にならなかった。
 そう。母から告げられた、次の言葉が、なければ。

 

「さあ、メイベル。旅に出なさい。王国を一周するまで、決して戻ってきてはなりません」

 

 波打つ金髪の少女は、大きなぬいぐるみを抱えながら、まばたきを返す。
 姫として生まれてから15年、蝶よ花よとかしずかれ、一片の垢も汚れもなく、無菌状態で育てられた。そのような少女に、『旅』の一文字を理解しろというほうが無理である。

 

「それならばお母さま、今日は北の小川に行ってから、南のお花畑までお散歩に出かければいいのかしら?」

 

 薔薇のような肌。
 無垢な唇、輝く翡翠の瞳、白く華奢な手足。人形のように愛らしい姿は、まさしく、王家の血を引くにふさわしい華がある。
 メイベル・ミーティア・サウスヴァール。
 サウスヴァール王国の第一王女にして、第一王位継承者である。
 彼女はこれから振りかかる、大変革の時をまだ、知らない。

 

 

 

 

 同時時刻。
 メイベルの騎士であるライナス・エオウィンもまた、父から変革を申し渡されていた。

 

「ライナスよ。おまえは7年前の儀式以来、メイベル姫に忠誠を誓っているな」
「父上。お言葉ですが私は、10年と58日前、初めて姫にお会いした時から、忠誠どころか身も心も魂まで捧げ尽くしております」

 

 しれっとした顔で言い切る息子を前に、父ジョシュアは咳払いを一つ。

 

「おまえの決意はわかった。では、本日より姫に付き従い、姫が女王となるための旅に出なさい」
「旅?」

 

 彼が首を傾げると、漆黒の髪がさらりと揺れた。
 ライナス・エオウィン、17歳。メイベルの第一騎士だ。鍛え抜かれ引き締まった体と、夜空のような紺碧の双眸。静かな美貌と、深い海のようなな雰囲気を持つ少年である。名門騎士家の嫡男という肩書きと併せて、城内外でも非常に目立つ存在だった。

 

「サウスヴァール王家には秘密の王訓(おうくん)がある。第一王位継承者は15の誕生日に旅に出る。王国を一周し、民に混じり生活することによって、真の女王となるための修行をするのだ」
「なるほど、分かりました。謹んでお受けいたします」

 

 ライナスはあっさりと一礼する。次に顔を上げた時、少ない表情の中に喜色が浮かんでいるのを、父は見逃さなかった。

 

「あー、ごほん。いいか、ライナス。これはあくまでも姫の修行であって、おまえは姫の影となり支えることが役目なのだ。姫と二人きりで旅行を楽しむという趣旨ではないことをくれぐれも肝にめ」
「かしこまりました。それでは姫をお迎えに参ります。失礼」
「も、もう行くのか」
「はい」
「この父と、長期間会えなくなるのだぞ」
「大変名残惜しいことです。それでは」

 

 時に厳しく、時に優しく、17年間手塩にかけて育て上げた長男ライナスは、再度頭を下げた後、あっさり姿を消した。

 

「……」

 

 名門騎家の長であり、泣く子も黙る『聖騎士』のジョシュア・エオウィンは、ちょっとだけ泣いた。

 

 

 

 

ネット小説【姫君と騎士の旅】 第1幕【2】

 

 

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