ネット小説 【姫君と騎士の旅】 第1幕(2)

第1幕【1】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第1幕【3】

 

「姫……?」

 

 何度ノックしても返事がないので、ライナスは思い切って扉を開けることにした。

 

「姫、失礼ながら入らせて頂きます」
「……らいなす……?」

 

 ふとんの中から弱々しい声が聞こえた。ライナスは後ろ手に扉を閉める。

 

「どうされたのですか、姫」

 

 他の者が聞いたら驚くだろう。先ほど父と話していた声音とは全く違う。砂糖菓子のような、優しさと甘さが満ちている。

 

「城から、出ないといけなくなったの」
「ええ。存じています」

 

 天蓋つきのベッドに薄い紗が降りている。ライナスはその内側へ入り、微笑んだ。

 

「外が怖いですか?」
「怖いわけではないわ。いつか女王になるのだから、外を見る事は大事だと思うもの。でも、やっぱり不安だわ」
「姫。ふとんを被っていては、お声があまり聞こえません」
「ごめんなさい」

 

 のろのろと、メイベルはふとんから出てきた。レースがふんだんにあしらわれたキャミソール。白い肩があらわになっている。メイベルはライナスに対して、無防備だ。
 頭のてっぺんからふとんが落ちて、ふわふわした金の髪が零れる。眩しげに、ライナスは目を細めた。

 

「昨日、弟のマルセルに言われたばかりなの。『姉上は女王にふさわしくない』と。だから余計に、不安に思うわ。女王になるための旅に、出る価値がわたしにあるのかと」
「……あのガキ」
「え? 今なんて?」
「いえ。マルセル王子はきっと、姫を応援されたのですよ。わざと逆のことを言って、姫を奮い立たせようとされたのです」

 

 メイベルは考え込むように沈黙した。伏せた翠の瞳が、苦悩に震えている。

 

「姫」

 

 ライナスはその場に、片膝をついた。見開かれる瞳を、下の位置から見つめて、告げる。

 

「私が命を懸けてお護り致します。なにも不安なことなど、ありません」
「ライナス……」

 

 桃色の頬が、林檎色に染まる。

 

「我が君ほど、次の女王にふさわしい姫はいません。そのような姫にお仕えできる事を、私は誇りに思います」
「……ありがとう、ライナス」

 

 メイベルがほころぶような笑みを広げた。あまりの愛らしさに理性が飛びそうになるが、持ち前の精神力で抑え込む。

 

「姫の旅に、神の祝福があらんことを」

 

 小さな手を取り、傷ひとつない肌に口づけた。ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 

「ライナスの期待に応えられるように、頑張るわ」

 

 メイベルの無垢な笑顔に、ライナスもまた、微笑んだ。

 

 

 

 

 着るものがまず、変わった。
 今までメイベルは、絹のドレスばかり身に付けていたが、今日からは綿や麻素材の衣服を着ることになる。
 メイベルに用意されたのは、綿素材のワンピースだった。上から被り、腰を皮紐で結ぶだけの簡単な服だ。両腿の外側にスリットが大きく入っているので、細身の薄いズボンをはいた。足元は編み上げ風のサンダルで、靴底は浅く、少し歩くだけで皮膚が痛んだ。

 

「裏口から出ます。こちらへ。」

 

 着慣れない服に戸惑っていると、ライナスが手招きした。
 彼も庶民のような衣服を着込んでいる。長袖のシャツに上着を羽織り、下は長ズボンだ。黒とカーキの地味な配色になっている。靴はメイベルと同じようなサンダルである。
 普段は高級な布で身を包んでいるため、見慣れない。つい、じろじろと見てしまう。

 

「どうされましたか、姫」
「あ、うん。そういう格好のライナスは珍しくて」
「姫もですよ。そういうお姿も、とても愛らしいですね」

 

 ライナスはいつも、こういうことを平気で言う。いちいち顔を赤くする身にもなってほしいと、メイベルは思う。

 

「見送りには誰も来ません。私たちは、姫が急病のため遠くの別荘に出かけたことになるそうです」
「わかったわ。とにかく外では、身分を隠さなくちゃいけないのね」
「仰せの通りです」

 

 裏口から出ると、王家の森が続いていた。そこを抜ければ城下町に出られるはずだ。
 首都、サーヴァレスである。

 

 

 

 

第1幕【1】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第1幕【3】

 

 

 このページにしおりを挟む
 トップページへ戻る