ネット小説 【姫君と騎士の旅】 第1幕(3)

第1幕【2】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第1幕【4】

 

「お小遣いは好きなだけ持っていっていいと言われたの。でも、旅の掟があるから、あまり使えないと思うわ」

 

 賑やかな町を歩きながら、メイベルは財布をのぞく。ライナスは『旅の掟』と題された巻き紙を広げた。

 

「旅の掟その1、ごはんは働いた賃金で食べる。もしくは自ら採集したものを食べる。ただし本当に困ったときや、旅の最初はお小遣いを遣ってもいい」
「大変だわ……。働くって、どうすればいいの。何を採って食べればいいの」
「とりあえず、田舎の方へ行きましょう」

 

 巻き紙をくるくるとしまって、ライナスは微笑んだ。

 

「いくら姫のお顔を知っている者が少ないとはいえ、城下ではバレる可能性が高い。それに田舎では、1日農業を手伝えば寝床を提供してくれるところもあります」
「そうなのね。じゃあ、田舎へ行きましょう」

 

 指針が決まり、メイベルの表情が明るくなる。彼女の肩が、すれ違う男とぶつかりそうになるのに気付き、ライナスが引き寄せた。

 

「あ、ご、ごめんなさい」
「姫。無礼は承知ですが」

 

 メイベルとの距離が近くなったところで、ライナスは囁いた。

 

「私は女王から、姫の身分の完全なる守秘を言い渡されています。そのため、他の者が私達の会話を聞いている可能性がある場合は、普通の言葉で会話させて頂きます」
「普通の会話……?」

 

 メイベルがまばたきする。ライナスはにこりと笑った。

 

「これから私たちは、旅するイトコ同士です」
「え?」
「さーあいらっしゃい! そこのお二人さん、新鮮な果物だよ! さっきトーキスから届いたばかりの林檎だ! これを逃す手はないよ!」

 

 突然背後で、女性の大きな声が聞こえてメイベルは跳ね上がった。
 メイベルの肩を促して、ライナスは露店に並んだ果物を見下ろす。そして爽やかな声で、言った。

 

「おいしそうだなぁ! さっき給金も入ったことだし、メイベルの好きなものを買ってやるよ。何がいい?」
「え、えっ?」

 

 メイベルは目を白黒させた。ライナスは構わず、笑顔を広げて果物を指差す。

 

「遠慮するなよ。おまえもいろいろ頑張ってくれたんだ。オレからのプレゼントだよ。こんな果物で悪いんだけど」
「おやお兄さん、こんなとは失礼だね。アタシんとこは王国一の果物露店だよ」
「あはは、ごめんごめん。冗談だよおかみさん」

 

 屈託ないライナスの笑顔に、メイベルは驚いた。おかみさんも釣られて笑顔を見せる。

 

「あんたら若夫婦かい? えらいべっぴんさんのお二人だねぇ」
「そんなこと言われたら買うしかないじゃないか。でも残念、こいつは従姉妹でね。遠くの町にこの子の親がいて、訳あってオレが連れて行くところなんだよ」
「それは難儀だね。春とはいえ、まだまだ夜は冷えるから、旅は気をつけるんだよ」
「ありがと。じゃあおかみさんオススメの林檎をもらおうかな。この子は林檎が大好きなんだ。な、メイベル」
「あ、う、うん、大好きだわ」

 

 メイベルはかろうじて首をたてに振る。ライナスの意外すぎる爽やかさに、なかなかついていけない。

 

「毎度どうも。二つで200ギルだよ」
「え?」

 

 ライナスが目を丸くした。それからとても悲しげな表情になる。

 

「おかみさんそれはないよ。さっきあっちの店で、2つ120ギルで売ってたよ。それくらいだと思ったからオレ、買えると思ったのに……」
「む、むむ。あっちの店ってのは、ゴードルんとこかい。あの爺さんはモノの悪い物を売ってるから安いんだよ。アタシんとこは――」
「でもなぁ。これから長旅だし、少しでも金は残ってた方がいいしなぁ……」

 

 ライナスは困り果てた顔で、自分の財布を開く。それから長く、ため息をついた。

 

「ごめんメイベル……。林檎はあきらめてくれるか? また次の町で給金が出たら、その時は必ず買ってあげるから」
「ええ、そんなこと全然か――」
「そんな悲しい顔をしないでくれ」

 

 メイベルの言葉を遮って、ライナスは彼女の頬を包みこんだ。間近に、悲しげに揺れる紺色の瞳がある。

 

「そうだよな、毎日イモばかりで、辛い思いをさせて……。こんなに痩せちまって、本当に、ごめんな」
「ラ、ライナス」
「オレ、頑張るから。ずっと天涯孤独だったおまえが、優しい両親に会えるように、一生懸命頑張るから」
「え、えーっとー……」
「あんたたち……」

 

 ふと気付けば、露店のおかみは感動に打ち震え、涙を流していた。

 

「なんて可哀相な子たちなんだい……! そんな若い身空で、苦労して……。健気な子たちだよ。いいよいいよ、この林檎100ギルで売ってあげるよ。仲良く食べるんだよ…!」
「えっ、でもおかみさん、悪いですよ。半値じゃないですか」

 

 ライナスが戸惑いを見せる。おかみさんは大きく頷いた。

 

「若いもんが遠慮なんてしちゃいけないよ! ついでにこのオレンジも持っていきな! 特別サービスだ」
「お、おかみさん……」

 

 ライナスは感激に瞳を潤ませた。こうして林檎2つを半値でゲットし、さらにオレンジ2つをタダで手に入れたのであった。

 

「ここは本当に、私が奢ります」

 

 こっそりと耳打ちするライナスに、メイベルはただ、頷くことしかできなかった。

 

 

 

 

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