ネット小説 【姫君と騎士の旅】 第1幕(4)

第1幕【3】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第1幕【5】

 

 その他に同じ手口でパンや干し肉などの食料を買い、メイベルたちは首都を出た。
 乗り合い馬車に乗って田舎へ向かう選択肢もあったが、運賃にお小遣いを遣わなくてはならないため、歩くことにした。

 

「旅の掟その2。宿屋には極力泊まらず、夜は民家に泊まらせてもらうか、野宿」

 

 メイベルは巻き紙を読みあげつつも、すでに涙目である。
 履き慣れないサンダルのせいで牛の歩みだ。次の町までまだ距離があるのに、すでに日は落ちかけていた。

 

「ね、ねえライナス。もう日も暮れるけど、この辺り人が住んでいないような気がするの」
「そのようですね」

 

 ライナスは苦笑する。メイベルが何に怖がっているのか分かるのだろう。

 

「野宿って、外で寝ることよね? こんな暗い所では眠れないと思うの。だって危ないわ。いつ悪い人たちが襲ってくるかわからないし、獣だっているわ」
「大丈夫ですよ、姫。私がお護りしますから」

 

 優しく笑って、ライナスは言った。
 道の両側には林が広がる。そろそろ鳥の声も聞こえなくなってきた。

 

「でも、それならライナスはいつ眠るの?」
「普段から鍛えているので、5、6日眠らなくても大丈夫です。気になさらないでください」
「でもやっぱり夜は寝たいでしょう? 火の番をするなら、交代で……っくしゅん」

 

 メイベルがくしゃみをした。春といえど、夕方になると風が冷たい。
 ふわりと、ライナスの上着が肩に掛けられる。

 

「この辺りで休みましょう。確か、近くに川が流れていたはずだ。飲み水もそこで汲める」
「ライナス、わたしは大丈夫よ。上着、ライナスが風邪引いてしまうわ」

 

 慌てて上着を外そうとすると、大きな両手が上着ごと肩へ置かれた。

 

「大切なお体なのですから」

 

 愛しげに、メイベルの頬を指でなぞる。深い紺色の双眸に見つめられて、メイベルは薔薇色の頬をさらに赤くした。

 

「行きましょう」

 

 

 

 

 大きな木の下が、今夜の寝床だった。道から林へ3分ほど歩いた場所だ。
 安全な道の上で寝るのだと思っていたら、逆にそちらの方が危ないらしい。獣に襲われる心配はないが、人間に襲われる確率が格段に上がる。盗賊などのならず者が多いのだ。

 

「治安が悪いと思うの。なのに、町から町へ移動するのに、とても時間がかかるわ。乗り合い馬車に乗れない人達はいつも、野宿をしなければならないのね」
「そうですね。町と町が離れすぎているのでしょう」
「離れているのなら、宿場町を作るべきだわ。一日かけて歩いても、野宿するしかないのはいけないと思うの」

 

 メイベルは真剣に考え込む。城でぬくぬくと暮しているとまったく見えない現実が、ここにあった。

 

「わたしにはライナスがいてくれるからいいけれど、騎士を持たない民ばかりだもの。野宿なんて、危ないわ」
「仰る通りだと思います。姫、ごはんできましたよ」

 

 ライナスからスープを渡される。彼が作るごはんはおいしい。調味料を買った記憶はないから、持参していたのだろうか。たき火もすんなりと作ったし、野宿の経験があるかもしれない。

 

「ライナスって、欠点ないのかしら……」

 

 スープを含みつつ、メイベルは首を傾げた。
 隣でライナスも、一緒に首を傾げる。

 

「どうしたんですか、突然」
「だって強いし、優しいし、気がきくし、ごはんもおいしいし。見た目だって、とてもいいと思うの。だからライナスってカンペキな人間なんじゃないかって思って」
「そんな人間、いないですよ。それじゃあ神様です」
「じゃあライナス、自分の欠点って何だと思う?」
「教えません」
「えっ、どうして?」

 

 ライナスは水を飲んでから、いたずらっぽく笑った。

 

「姫の弱みだったら、いくらでも言い当てることができますよ」
「わ、わたしのじゃなくて、ライナスの――、っ」
「ほっぺ、ついてます」

 

 ライナスに引き寄せられたかと思ったら、濡れた感触が頬をなぞった。熱い舌でゆっくりと、舐め上げられる。

 

「ら、らいなす……っ」
「我ながら、おいしいスープだ」

 

 ライナスは口端に笑みを浮かべる。メイベルは赤面して、ライナスを押した。残念ながらびくともしない。
 一応ライナスは家臣なのだが、『契約を交わした姫と騎士』には、それを越えた特別な絆がある。それがライナスとの距離を縮めているのだが……メイベルはいつも困ってしまう。
 それに、この雰囲気は『あれ』だろうか。いつも、この手の嫌な予感は当たる。

 

「姫。今夜一晩、眠らずあなたを護ります。だから『儀式』をしても、いいですか」
「え、え……?!」

 

 紺色の双眸が熱を帯びて、見下ろしている。やっぱり予感は当たった。
 形のいい指先が、首筋に流れた髪を掻き分けた。ライナスの顔が少しだけ下がり、むき出しの肌に熱い息がかかる。体がはねた。

 

「だ、だめ……っ」

 

 

 

 

第1幕【3】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第1幕【5】

 

 

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