ネット小説 【姫君と騎士の旅】 第1幕(5)

第1幕【4】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第1幕【6】

 

 メイベルが叫ぶと、ピタリとライナスの動きが止まった。

 

「ライナス、昨日もそう言ったわ。こ、今夜はだめ」
「なぜですか?」

 

 ライナスが優しく微笑みながら、メイベルの髪を梳く。けれど騙されてはいけない。目が笑っていない。

 

「お、お母さまに言われているの。連続で『儀式』をしてはいけないって。あまり頻繁にすると、際限がなくなるからキケンだって」
「そのようなことはないですよ。姫が心配するようなことは起こりません」
「でもお母さまだけじゃなくて、ジョシュアも言っていたの。『あの息子は肝心なところで信用がならないから』って。よく意味がわからなかったけれど、ライナスの父上が言ったんだもの。心配に思うわ」
「……ちっ」

 

 今、品行方正なライナスが舌打ちをしたような気がしたが、きっと気のせいだろう。いつもどおり、目の前にあるのは優しい微笑みだから。

 

「わかりました。ではここは、父上の顔を立てて何もしないことにします」
「うん」

 

 メイベルはほっとした。

 

「そろそろ寝ましょう。今日はずっと歩いてお疲れでしょうから。ただ、地面の上なので寝づらいと思いますが……」
「うん。頑張るわ」

 

 土に敷いた毛布は、ライナスの言うとおりゴツゴツして痛かった。顔をしかめつつも、メイベルは目を閉じた。
 火の爆ぜる音と、風が葉を揺らす音。静まりかえる城とは違い、心地よい自然の音が眠りに誘う。

 

(部屋にいる時の、シーンとする音より、静かだわ)

 

 昼間長時間歩いたせいで、体は疲れ切っていた。背中の痛みを忘れ、メイベルはまろやかな眠りに落ちた。
 彼女の寝顔を見下ろしながら、ライナスは髪を一房すくう。
 赤い火にきらめく、なめらかな金。
 この世に二つとない、至宝の少女。

 

「おやすみなさい。姫」

 

 金の髪に口づけを落とし、ライナスは微笑んだ。

 

 

 

 

 幼いころの話だ。メイベルが5歳で、ライナスが7歳のことだったと思う。
 初めてライナス・エオウィンと出会った。エオウィン家は代々王族を護る騎士の家系だ。ある程度の歳になると、自分が仕えるべき王族を定められる。ライナスはエオウィン家の長男で、将来を嘱望される有能な少年騎士だった。そのため必然的に、第一王女である自分に仕えることとなった。
 まだ7歳だというのに、メイベルにはライナスが大人のように見えた。とてもしっかりしていて、王族に対する挨拶や礼儀などを完璧にこなしていた。
 腰には細身の剣を携えていた。王族付きの騎士は、謁見の間でもお飾りの剣ではなく、本物を持ち込むことができた。

 

「3年後、再びお会いできる日を心待ちにしています」

 

 ライナスが恭しく膝まづき、そう言った。
 メイベルは戸惑った。これからずっと一緒にいられると思っていたからだ。メイベルにとって、騎士がつくというよりは、友人が増えたという感覚だった。

 

「さんねんご? 明日は会えないの?」

 

 残念そうな声に、ライナスが困った表情を浮かべた。

 

「申し訳ありません。次に姫様にお会いできるのは、『儀式』の日です」
「ぎしき……?」

 

 メイベルはさらに戸惑って、女王である母親を見上げた。オーレリア女王は微笑み、メイベルの頭を撫でた。

 

「ライナスが本物の騎士になるための儀式よ。それまでライナスは、メイベルの騎士になるために修行をするの」
「そっかぁ……。じゃあ、その時まで会えないのね」

 

 メイベルは表情を曇らせたが、ドレスの裾を少し持ち上げて、壇を降りた。公式の場で、王族が壇を降り家臣と同じ位置に立つなど、あってはならないことだ。驚くライナスのすぐ前で立ち止まり、笑顔になる。

 

「修行、がんばってね。儀式の時、また会おうね」

 

 ライナスはびっくりしてすぐに声を出せなかったようだったが、やがて恥ずかしそうに笑みを浮かべた。

 

「……はい。また、お会いしましょう」

 

 その後、メイベルが女王に怒られ、王族としての何たるかを延々と叩きこまれたことは言うまでもない。

 

 

 

 

「姫。起きてください」

 

 まどろみの中に、鋭い声が差し込まれた。メイベルはのそのそと起き上がる。

 

「どうしたの、ライナスー……」
「お静かに。今、男の悲鳴が聞こえました。どうやら何者かに襲われているようです」
「えっ、ほんとに? ぜんぜん聞こえなかったわ。いったいどこから――むぐ」

 

 大きな掌で口を塞がれた。昔女王に、王族の何たるかを教えられたが、数年経った今、家臣の何たるかを教えこまなければならないのはライナスなのではないだろうか。

 

「本来ならば姫の安全を第一に考え、このまま何もせず朝を待ったほうがいいのですが。姫、旅の掟その3を覚えていますか?」

 

 こくこく、とメイベルは頷く。旅の掟その3。困っている民がいたら何を置いても助けるべし。

 

「では行きましょう。私から離れないようにしてください」

 

 ライナスはメイベルの手を取った。メイベルは不安を滲ませて空を見上げる。満月が皓々と輝いて、明かりがなくても何とか歩けそうだ。

 

 

 

 

第1幕【4】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第1幕【6】

 

 

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