ネット小説 【姫君と騎士の旅】 第1幕(6)

第1幕【5】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第1幕【7】

 

 現場には男が一人倒れていた。
 血だまりができている。息を呑むメイベルの手を引いて、ライナスは近づいた。片膝をつき、腰に下げた皮袋から傷薬や布を取り出す。
 その間にも、男はピクリとも動かない。

 

「し、死んじゃたの……?」
「いえ、気絶しているだけです。とりあえず手当てをして、意識が戻ったら事情を聞きます」

 

 慣れた仕草でライナスは手当てをする。腹部に真横の剣傷が走っていた。どす黒い血を見ただけで、気が遠くなってくる。

 

「少し、気分が悪くなってきたわ……」
「え?」

 

 つい、弱々しい声が出てしまった。ライナスが振り返り、眉を寄せた。

 

「ああ、血の匂いに酔ったのですね。気付かずに申し訳ありません。ここは私がやりますから、姫は少し離れて座っていてください」
「だ、大丈夫よ。ちゃんと手当ての仕方とか、覚えたいの」

 

 またこういう事があるかもしれないのだ。手当てくらい、メイベルの役割にしたい。何もかもライナスに頼るのは、申し訳ない。

 

「姫はいい子ですね」

 

 ライナスが微笑む。褒められて嬉しかったが、なんとなく子ども扱いされているような感じがするのは気のせいだろうか。

 

「この男が目覚めたら事情を聞きますが、その時は身分を隠すため、言葉遣いを変えます」
「うん、分かってる」
「これでよし、と……」

 

 包帯を縛り、ライナスは一息つく。メイベルも別の意味で息をついた。まだ胸のあたりが気持ち悪いが、傷口が隠されただけれ大分いい。傷があまりにも痛そうで、こちらまで痛くなってくるのだ。
 けれど、このような事でいいはずがない。立派な女王になるためには、いちいち怯えていたらいけないのだ。 

 

(姉上は、女王に相応しくないですよ)

 

 弟であり、第二王位継承者であるマルセルの言葉が耳から離れない。マルセルならば、このような場面でも平然としていられるのだろうか。

 

「姫」

 

 ライナスの声に、メイベルは我に返った。

 

「傷の痛みを、自分の痛みのように感じられるのは、あなたが優しいからですよ」
「え……?」
「それは女王に必要な素質です」

 

 綺麗な紺色の双眸が、優しい。
 メイベルの胸が締めつけられて、思わず胸元の服を握った。

 

「う……」

 

 ふいに、男が呻き声を上げた。ライナスはすぐに、男に声を掛ける。

 

「大丈夫か? しっかりしろ。水だ」

 

 ライナスは男の上体をゆっくり起こした。あらかじめ用意していたうつわを男の口元に持って行く。
 ゆっくりとそれを飲んで、男はうっすらと目を開けた。
 30前後の男だった。がっしりとした体格をしている。喧嘩をしたら強そうだ。

 

「申し訳、ない……」
「手当てはした。致命傷じゃない。もう少し休めば一人でも歩けるだろう」
「礼を言う……。おまえ達は……?」
「オレはライナス。この娘はメイベルだ。カルクの町へ行く途中、野宿をしていたら悲鳴が聞こえたから駆けつけた」

 

 男は咳き込んだ。あまりにも苦しそうで、メイベルは男の背をさすった。ゴツゴツした背中で、ライナスよりも筋肉質だ。

 

(オトナの男性だ)

 

 こうして見ると、ライナスはやはりまだ17の少年なのだと実感する。自分よりたくましいと思っていたライナスの腕も、この男性と比べるとまだ細い。
 見るからに頑丈そうなこの男性が負けたとなると、相当強い盗賊だったのだろうか。

 

「オレはグースの町まで薬を買いに行って、その帰り道だったんだ。家はカルクの町にある」
「グース? ここから5日かかるじゃないか。何の薬だ?」
「妹の……命に関わるものなんだ。それなのに、あの盗賊……っ」

 

 メイベルは息を呑んだ。彼が奪われたのはただの荷物じゃない。
 大事な命の薬だったのだ。

 

「妹さん、どういう病気なの? その薬じゃないと、治せないの?」
「ああ。あの薬じゃないと、ダメなんだ。医者からもって半年と言われている」
「もう一度、買いに行くことはできないの?」
「あの薬が幾らすると思ってる。2万ギルだぞ。あちこちで借金してやっと買えたんだ、もうムリだ! 畜生……!」

 

 2万ギルあれば、一家4人が半年暮せる。けれど、メイベルのお小遣いなら払えない額じゃない。
 本当はこういうことをしてはいけないのだと分かっているけれど、人の命がかかっているのだ。四の五言っていい場面じゃない。

 

「あの、わたし、それなら――」
「あんたの名前は?」

 

 メイベルの言葉を遮って、ライナスが尋ねた。

 

「イアンだ。……大きな声を出してすまなかった。オレは町に帰らなきゃいけない。行き先が同じなら、うちに寄っていってくれ。手当てをしてくれた礼がしたい」
「わかった、イアン。オレが薬を取り戻してやる」

 

 

 

 

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