ネット小説 【姫君と騎士の旅】 第1幕(10)

第1幕【9】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第1幕【11】

 

 足元からぬめったロープが伸び、メイベルは思わず目をつむった。瞬間、イアンに引き寄せられ、彼の右腕が一閃する。
 両断された蛇は、声もなく地面へ落ちた。惰性のようにのたうっている。あまりの衝撃に、視界が震えた。

 

「大丈夫か?」

 

 耳元の低音に、メイベルは我に返った。

 

「う、うん、大丈夫……」
「顔色が悪いな。やっぱりオレだけで探しに行こうか?」
「だっ、大丈夫よ。ちゃんと歩けるもの」

 

 無理やり死骸から目をそらした。本でしか見たことのない動物と、生々しい死。恐ろしさに体が震える。けれどこのような出来事に向き合うことが、大事なのだ。

 

(だから、しっかり、しないと)

 

「蛇を見るのは初めてという顔だな」
「そ、そんなこと……!」

 

 世間知らずということがバレたら、身の危険に繋がる。ライナスから何度も注意されてきたことだ。

 

「何度もあるわ。わ、わたしとライナスはいろいろなところを旅してるんだもの」
「それにしては、危機感がない」
「きゃ……!」

 

 イアンが鋭く、剣を地面に突き刺した。新たな蛇が縫い止められ、のたうっている。その拍子に赤い舌がチロリと、ふくらはぎを舐め上げた。

 

「……!」

 

 全身が総毛立ち、カクリと足の力が抜けた。イアンの腕が腰に回り、支えられる。

 

「あ、ありがとう……」
「メイベル。おまえ、本当に旅の娼婦か?」
「え……?」

 

 しょ、うふ?
 耳慣れない言葉に、メイベルはまばたきした。
 イアンの目が鋭いものに変わってゆく。今の反応がまずかったのだろうか。慌てて言い訳を考えていると、ふいに、唇に生暖かいものが押し当てられた。

 

「……っ?!」

 

 悲鳴は、ぬるりと口中に侵入した舌に呑みこまれた。奪うように蹂躙され、息もできず、のけぞる首の後ろを、大きな掌につかまれた。

 

(な、に……?!)

 

 ――苦しい。
 背中が木に押し当てられる。脳内まで掻き回される。何が起きているのか、分からない。

 

「――娼婦じゃないな」

 

 息の継ぎ目に、イアンが低く囁いた。

 

「それどころか口づけすらしたことがない――純粋培養の、女だ」
「や……!」
「おまえたちは何者だ?」

 

 震える腕で、イアンを押すがびくともしない。鋼のような胸板だった。

 

「何が目的で、オレに近づいた?」
「なにも、知らな……っ」
「女の口を割らせる方法を、教えてやろうか」
「いや……! ライナス、ライナス……!」
「言え」

 

 強く顎をつかまれ、上向きにされる。イアンの膝に、またあの苦しい口づけをされるのかと、メイベルの瞳からさらに涙があふれた。
 さっきから、イアンが何を喋っているのか全く分からない。どうして突然、こんな事態になったのかさえ。

 

「強情だな」

 

 イアンが舌打ちする。ゆっくりと右手の剣を持ち上げ、剣先を見せつけるようにした後、突然木に剣を突きたてた。メイベルの右頬をかすり、血がうっすらと滲んだ。

 

「言え! 何が目的だ!」

 

 何か言おうと思っても、喉が引きつって、体中が震えて、何も答えられない。
 さっきまでイアンと、笑顔で話していたはずなのに。

 

(ライナスを、助けに行くはずだったのに)

 

 そう。ライナスのところへ、行かなくてはならないのだ。
 その時ふいに、異物を感じた。足元だ。
 カサリと葉音がする。細かく総毛だった神経が、敏感に知覚する。
 何匹も、集まってきている。
 夜陰に紛れて。

 

(……蛇の、牙)

 

 一瞬だけ、怯ませることができれば。自分も、傷つくかもしれないけれど。
 足は動く。大丈夫だ、怖くない。
 今より怖いことなんて、きっと、ない。
 メイベルは唇を痛いほど噛みしめた。目を閉じて、息を止めて、そして。
 足元に集まった蛇を、渾身の力を込めた左足の一蹴りで、一瞬にして激怒させた。

 

 

 

 

第1幕【9】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第1幕【11】

 

 

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