ネット小説 【姫君と騎士の旅】 第2幕(3)

第2幕【2】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第2幕【4】

 

「初っ端から大変だったな」

 

 アーネストは肩をすくめる。ティーカップを傾けながらライナスは苦笑した。

 

「目的は何であれ、イアンを襲った張本人――『黒幕』は誰かが問題だ。禁術書は『教会』が保管してあるはずだろ? 複製が一つあったはずだ。それは無事なのか?」
「分からない。『教会』は独立機関だからあまり情報が降りてこないんだ。この件についてはオレが調べておくよ。ライナスは姫と旅を続けてくれ」
「兄さま、旅はいかがですか?」

 

 隣から身を乗り出して、少女が嬉しそうに話し掛けた。ライナスと同じ、黒髪と紺色の瞳。

 

「とりあえず順調かな。姫は弱音を吐かず、頑張ってるよ」
「野宿したのですか? 旅では何を食べているんですか? たくさん人に会いますか?」
「一度に聞かれても答えられないよ、リネット」

 

 ライナスは苦笑する。リネットはごめんなさい、と恐縮した。
 リネットはエオウィン家の第2子であり、ライナスの実妹だ。マルセル王子の第一騎士である。13歳。騎士という職務にそぐわず、華奢な少女だ。

 

「今日は視察か? リネットの他に従者がいないようだけど」
「はい、そうです。本当は大臣さまも、もっとたくさんの従者を連れて行くようにと仰られたのですが、マルセルさまがお断りしてしまったんです」
「王子ご自身が並の剣士よりお強いからな。それにしても公式の視察に、従者が騎士一人とは豪胆な」
「たぶん……この視察が名ばかりのものだと、分かっていらっしゃるからだと思います」

 

 リネットの声が沈む。

 

「アーネストさまが治めている砦ですもの。視察なんてしなくても大丈夫のはずなんです。でも大臣は、大勢の従者を連れて行けと言う。大臣はただ、マルセルさまをアピールしたいだけなのです。マルセルさまは大臣の外戚。次期王位に、と望んでいらっしゃるのです」
「高名なアーネスト中佐に、顔を売っておけということか」

 

 ライナスの言葉に、アーネストは苦笑する。リネットが頷いた。

 

「マルセルさまは王位を望んでいらっしゃるけれど、そういうやり方はお嫌いなんです」
「ご立派だな」
「それでな、ライナス。今夜王子を囲んで宴を開くんだ。おまえも来ないか? 姫が身分を隠してるなら、おまえといるとマズイから、リネットにつかせればいいだろう?」

 

 アーネストの提案に、ライナスは息をついた。

 

「あまり参加したくないが、初めての旅で姫はお疲れだ。緊張をほぐすためにも、宴はいいかもしれないな」
「よし、決まりだ。リネット、姫を頼むな」
「でも、マルセルさまが」

 

 リネットは戸惑うが、アーネストはニコリと笑う。

 

「王子には砦の兵を護衛につけるよ。たぶん王子の方が強いから、役立たずかもしれないけどね」

 

 

 

 

 マルセルが退室してから、ライナスが戻ってくるまで、それほど時間はかからなかった。
 そのせいで、心の切り替えが間に合わなかった。ライナスにはすぐ、心情を読み取られてしまう。余計な心配を掛けてしまう。

 

「王子に会われたのですか?」

 

 メイベルはベッドに腰掛けていた。ライナスも隣に座ったので、右側が重みで傾いた。
 無理やり笑顔を作る。

 

「うん。旅、頑張ってって言われたわ」
「そうですか」

 

 ライナスは微笑む。優しい声が、あの時、滾る怒りを爆発させたことを、覚えている。
 ライナスが怒るのは、メイベルが傷つけられるからだ。メイベルが、弱いからだ。

 

「今夜、王子を囲む宴があるのですが、いかがしますか? アーネストに招待されたのですが、姫がお疲れであれば断りますよ」
「大丈夫よ。疲れてないわ」
「ずいぶんとお疲れのようですが」

 

 ライナスは苦笑する。メイベルの頬に、掌で触れた。

 

「顔色がいつになく悪い。王子に何か言われたのですね」

 

 マルセルはいつも、正しいことしか言わない。無自覚の場所へ剣を突き刺すように、メイベルの罪をあらわにする。
 ここでライナスに打ち明けて、慰めてもらえば、少しは浮上できるだろうか。けれどそれは根本的な解決にはならない。ライナスの優しさに甘えているばかりでは、何も意味がない。

 

「……強くなりたい」

 

 言葉が落ちる。心の底から零れた感情だった。

 

「ライナスが剣を取らなくてもいいくらい、強くなりたい」
「……姫?」

 

 メイベルはライナスの手を、そっと握る。剣を自在に操る大きな掌。
 やんわりと握り返して、ライナスが口を開く。

 

「私は騎士です。剣で姫をお護りするのが使命なのですよ」

 

 分かっている。
 それが『使命』として、冷静に下されるのであれば仕方がない。けして安寧ではない世の中で、身を護るために平民すら刃を振るう。
 だが、怒りに任せたのちの行為は駄目なのだ。
 それではただの、凶行になる。
 ライナスはメイベルのことになると、自制がきかない。昔からそうだから、分かっているはずだった。

 

(止めなくちゃいけない)

 

 メイベルの血を見て、ライナスが怒りに染まらないように。
 まずは自分で自分の身を護るのだ。傷つけられないよう最大限努力するのだ。
 それはつまり、危機察知能力。
 状況を瞬時に把握する、賢さだ。

 

「姫。王子に何を言われたのですか」

 

 心配そうに見下ろす、紺色の双眸。
 この強い眼差しにずっと、護られてきた。

 

「マルセルには感謝してるよ。気づかせてくれるもの。弟なのに、ちょっと怖いけれどね」
「王子は容赦がないお方ですからね」
「ライナスにも感謝してる。いつもありがとう」

 

 メイベルが微笑むと、ライナスはわずかに目を見開いた。熱い掌に、力がこもる。

 

「いい旅にしようね」

 

 日は赤く、差し込む光が部屋を塗り替えてゆく。
 はい、とライナスの真摯な声が響いた。

 

 

 

 

第2幕【2】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第2幕【4】

 

 

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