ネット小説 【姫君と騎士の旅】 第2幕(4)

第2幕【3】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第2幕【5】

 

 王子の御前ということもあり、無礼講とはいかなかったが、宴はそれなりに盛り上がった。
 細長いテーブルが並び、人々は床へ直に座っている。美しい踊り子たちが、ヒラヒラ舞う。楽が奏でられ、料理と酒が次々に運ばれて、広間は開放的な雰囲気に満たされた。

 

「やばかった……」

 

 グラスも持たずに、呆然とライナスは呟く。隣でアーネストが首を傾げた。

 

「何が」
「あれは不意打ちだ。落ち込んでいるかと思っていたら、まさかあんな」
「姫君の話か?」
「あんなに愛らしく微笑まれるとは。あと1ミリ、オレの理性が薄かったらと思うとゾっとする」
「おまえの理性はもともと極薄だしな」
「仰られた言葉も健気で愛らしいが、声の響きもまた可憐だった。しかもベッドの上だぞ? 無防備なところはあの方の美点だが、オレ以外の人間に同じことをしないよう、今度強く申し上げておかなければ」
「おまえ以外の家臣は、姫のベッドに座らないと思うけど」

 

 アーネストはライナスのグラスに酒を注いだ。ライナスとは小さい頃からの付き合いである。姫への傾倒っぷりに、今さら驚かない。

 

「ほら、飲めよ。酒の席は楽しんだ者勝ちだぞ」
「姫の元気がなかった。王子が恐らく、また余計なことを言ったんだ。……大体想像つくが、姫がお疲れのところを、休ませずに動き回るわけにもいかない。自分ができるから、他の人間もできるはずだという考え自体が未熟なんだ。自分と他人の区別がついていない」

 

 酒をあおり、ライナスは舌打ちする。

 

「城からつまみ出してやろうと何度思ったことか」
「王子を追い出す家臣がどこにいる。おまえも少し過保護じゃないか? 姫の成長のための旅なんだろう?」
「ああ。女王になられる姫へ、今後人々の目は厳しくなるだろう。だったら政治とは関係ない騎士が、空白を埋めるために甘やかすべきじゃないのか?」
「相変わらず、ライナスの発想は家臣を越えているな」

 

 アーネストは喉の奥で笑う。葡萄をつまみ、くだんの王子に目を向けた。1段高い上座で、果実酒を飲んでいる。踊り子の演舞を、特に興味もなさげに見ていた。

 

「悪い御子じゃない。リネットも懐いてる」
「騎士になりたてのころは、毎日のように冷たくされて泣いていたぞ」
「それでも、懐いているんだ。魅力のある人物なんだろう」

 

 ライナスは肩をすくめる。メイベルに目を移した。女達は固まって、一番すみにいる。
 料理を口に運んではいるが、心ここにあらずといった感じだ。すぐ隣にではリネットが、マルセルを心配そうに見つめていた。

 

「……どこがいいのか、わからない」
「オレは何となく分かるけど。姫が王子の言葉を、必要以上に気にするのも、信頼しているからじゃないのか?」
「やけに肩を持つな。アーネスト、まさかおまえも王子擁護派か?」
「バカ。呑みすぎだ」

 

 アーネストは苦笑して、ライナスからグラスを取り上げた。おまえがついだんだろ、とライナスは顔をしかめる。

 

「でも確かに呑み過ぎたようだ。……最近、ちょっとおかしいな、オレは」
「何か悩みでもあるのか?」
「いや――」

 

 ライナスは苦笑して、立ちあがった。

 

「少し風に当たってくる」

 

 

 

 

「姫……、じゃなくて。め、メイベル、ちゃんと食べてますか?」

 

 リネットがしどろもどろに聞く。メイベルを呼び捨てにすることへ、抵抗があるのだろう。

 

「うん、大丈夫。食べてるよ。お酒呑めないから、お水もらってくるね」
「それならばわたしが」
「すぐ前だもの、大丈夫よ。リネットはゆっくりしてて」

 

 メイベルは立ち上がる。今の自分の立場は、第一騎士であるライナスの従者だ。同じく第一騎士のリネットに、水を運んでもらうわけにはいかない。
 それにきっと、リネットは視察で疲れているだろう。まだ13歳だというのに、道中たった一人でマルセルを護りながらここへ来たのだ。いくらマルセルが強くても、極度の緊張を強いられた旅だったに違いない。
 飲み物が置いてあるテーブルは、上座の近くにあった。壁に寄せられた暗がりで、メイベルは水差しを手に取る。フードが落ちそうになり、慌てて引っ張った。

 

「なんで屋内でフードなんか被ってンだ?」

 

 背後から粗暴な声が投げられて、メイベルは緊張した。フードをしっかり被り直して、メイベルは振り向く。
 酒に酔った風の、赤ら顔の青年だ。軍人らしく逞しい体つきで、あちこりに切り傷が走っている。

 

「あんた、あれだろ。ライナスさまの従者。従者というより、家の女中みたいだな」
「ライナスさまの身の周りのお世話をさせて頂いております。今回はカーター中佐にお会いになるとのことで、私がお供致しました」
「ふーん、『お供』ねえ」

 

 青年はいやらしい笑い方をする。早く席に戻ろうと思うが、前を阻まれて動けない。彼の影が、暗がりをさらに濃くした。

 

「なあ、顔見せろよ。この砦には女が少ない。そんなフード被ってたら、貴重な花が減っちまう」
「お許しを。幼い頃やけどを負いまして、人さまにお見せできるような顔ではございません」
「かわいー声」

 

 ふいに、手首をつかまれた。強い力に眉を寄せる。――酒くさい。

 

「やめてください。王子の御前です」
「踊り子に夢中さ、気づいちゃいない。なあ、あんたライナスさまのお気に入りって本当か? 違うよな、まさか第一騎士さまが女中なんて相手にするわけない。だったらいいだろ。オレ、隊長なんだ。あんたにとっても損はねえだろ?」
「痛いです、離してください」
「あんた、なんか違うんだよな。顔見えないけど、違う。食事係の女はもとより、そこで踊ってる美人より目立つ。別格だ。見てみたいんだよ、あんたの顔。顔だけじゃなくて、なあ」

 

 男の顔が近づく。メイベルはすくみ上がった。

 

「他のところも、ぜんぶ――」
「何をしている」

 

 突然、男の背後から、冷徹な声とともに果実酒がぶちまけられた。メイベルは息を呑む。頭に血が昇った男は、メイベルの手首をつかんだまま、荒々しく罵声を飛ばした。

 

「何しやがる! いきなり人の頭にぶっかけやがっ――……て……、って、あれ……?」

 

 気づけば音楽も止まり、踊り子も動きを止めている。広間が波を打ったように静まり返り、愕然としたいくつもの目がこちらへ注がれていた。
 金髪の少年は、氷より冷たい眼差しで、形のいい唇を開く。

 

「アルデアの砦は堅牢で、軍人の質も高いと聞いていたが、噂のみだったようだな。指摘するべき点もない視察だと思っていたが、そうではなかった。まず第一に、酒がまずい」

 

 マルセルの手から、グラスが落ちる。破砕音が冷たく響き、ガラスが散った。

 

「次に、反吐が出るほど不快な会話を聞かされる。それに貴様――いつまで突っ立っているつもりだ? 誰が眼の前にいると思っている」
「は――、はい! も、申し訳ござませんでしたァっ!」

 

 蒼白の面をこすりつけんばかりに、男はひれ伏した。硬直しているのか、メイベルの手首を握ったままだったから、一緒に倒れこんでしまう。
 一瞬だけ、マルセルと目が合った。酷く冷たい――蔑みの視線だった。

 

 

 

 

第2幕【3】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第2幕【5】

 

 

 このページにしおりを挟む
 トップページへ戻る