ネット小説 【姫君と騎士の旅】 第2幕(6)

第2幕【5】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第3幕【1】

 

 刺客はライナスによって捕えられ、アーネストに引き渡された。
 後日城から派遣される調査官が引き取りに来る。その時に黒幕が誰だったか明らかになるだろう。
 誰も口に出さなかったが、マルセル王子が狙われた以上、最も可能性が高いのはメイベル擁護派だろう。彼らが女王にと望む本人が、身を呈してマルセルを護ったのだから、彼らも度肝を抜かれたはずだ。
 ライナスはベッドを見下ろす。丹精こめて作られた人形のように、メイベルは眠っていた。
 あれから10日。峠を越えた、と医師は告げたが、まだ目を覚まさない。

 

「ライナス」

 

 扉を開く音とともに、少年の声が投げられた。ライナスは振り向き、片ひざをつく。

 

「御出立ですか。マルセルさま」
「これ以上、視察を伸ばすことはできない。姉上の容体は?」
「まだ、眠っていらっしゃいます」

 

 マルセルはベッドへ目を向ける。穏やかな昼の太陽が降り注いでいた。

 

「カーター中佐へ、砦全体に緘口令をしくよう命じた。あの騒ぎで数名に姉上のことが露見してしまったが、これで外へ漏れることはない」
「ありがとうございます」
「こちらこそ、礼を言う。――礼と、謝罪を」

 

 マルセルが静かに告げた。表情のない面は、だがいつものような冷たさを感じなかった。

 

「私が至らなかった。姉上が気づけて、私が気づけないはずはなかったんだ。注意力が足りなかった」
「いえ。責めを負うべきは、私とリネットにございます」
「リネットは騎士としてまだ幼い。あの刺客は手練れだった。集中してても気づくことはできなかっただろう。それにおまえは姉上の騎士だ。わたしの危機を察知できなくても、責任はない。姉上の行動は……だれも予測できなかった」

 

 ライナスは沈黙した。マルセルは謝罪を受けることを望んでいない。ならば何も言わない方が良い。

 

「ライナス。私はやはり、姉上が女王にふさわしいと思っていない。自分の方に、その器があると思っていた」
「僭越ながら、王子のご意見に異を唱える所存にございますが」
「ああ。私も今回のことで、考えが揺らいだ。私はまだ、王の器ではない。より励もうと思う」

 

 ライナスは苦笑する。

 

「姫がふさわしくないというお考えは、変わらないのですね」
「……苦しむと分かっていても、きっと姉上は、止まらない」

 

 マルセルは静かに告げた後、踵を返す。その背中は14歳の少年そのもので、どこか儚かった。ライナスはとっさに、声を投げ掛けた。

 

「王子。姫にご伝言があれば、お伝え致します」
「何もないよ」

 

 肩越しに振り返る。苦みの混じる、かすかな笑み。
 メイベルの顔立ちと似ているのに、表情はまったく違う。まるで、太陽と月のように。

 

「ただ、旅の無事を、祈っている」

 

 マルセルは背を向け、立ち去る。ライナスは頭を垂れたまま、見送った。

 

 

 

 

「マルセルさま、準備できましたぁ!」
「遅いぞ、リネット」

 

 両手に荷物を持って、リネットは慌てて頭を下げた。

 

「ごめんなさい。マルセルさまの首飾りを見失ってしまって、それで」
「言い訳はいい。行くぞ」
「はいっ」

 

 長い廊下の脇にには、軍人が並び最敬礼を取っている。その中を歩きながら、マルセルはリネットへ口を開く。

 

「これから忙しくなる。覚悟しておけ」
「えっ? なぜですか?」
「城内部を、粛清する」
「え、ええっ?」

 

 マルセルは笑みを刻む。王位継承権をめぐり、醜い争いが水面下で繰り広げられている。それは腐敗だ。すべて取り除かなくてはならない。

 

「姉上が旅をしている間、僕は城の中で戦う。だからリネット、強くなれ。僕が背中を預けられるくらいに」

 

 リネットは目を見開いた。けしてこちらを振り返らない、マルセルの背中。リネットは第一騎士になるには弱すぎる。有能な兄の影に、いつもうつむいていた自分を、ちゃんと見てくれたのがマルセルだった。
 振り向かないけれど、おいていかない。冷たくても、待っていてくれる。

 

「はい、マルセルさま」

 

 リネットは笑顔で答えた。砦を出た先には、どこまでも澄んだ青空が広がっていた。

 

 

 

 

 同時時刻、ひだまりのベッドの上でゆっくりと、メイベルが目をさました。
 マルセル、と小さく、呼びながら。

 

 

 

 

第2幕【5】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第3幕【1】

 

 

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