ネット小説 【姫君と騎士の旅】 第3幕(5)

第3幕【4】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第3幕【6】

 

「てめえッ」

 

 ジャックが激昂し、ライナスは剣を引く。鞘に収めると同時に、繰り出されるナイフを紙一重で避け、手首をつかみ捻り上げた後、振り下ろした。
 ジャックが背中から、激しく床へ叩きつけられる。

 

「畜、生……ッ!」

 

 片ひざをつき拾い上げたナイフを、ジャックの顔の横へ、渾身の力で突き刺す。

 

「金輪際、ジェニーに近づくな」

 

 ジャックの喉が、引き攣った。
 あたりが静まりかえる。ライナスは立ち上がり、ジェニーを抱き上げた。放心したように、ライナスを見上げてくる。
 ライナスは宿泊客たちを振り返った。

 

「誰か、治安官を呼んでください。ケガ人がいるので、医師も。一刻を争うので、お願いします」

 

 その声で、彼らは我に返ったようだった。慌てて宿を飛び出してゆく。ジェニーも正気を取り戻し、再びガタガタと震えだした。

 

「あ……、ライナス、さん……。わたし……」
「もう大丈夫だ、ジェニー」

 

 ライナスはジェニーを優しく抱きしめた後、部屋の隅を振り返った。

 

「フリック、まさかこんなガキにやられてなんかないよな?」
「……へっ、あたりめーだろ……」

 

 もぞりと、フリックが顔を上げる。血だらけの肩をきつく、右腕でつかんだ。

 

「ちょっと……気を失っちまっただけだ。おまえのうるさい大声で、目を覚ましたぜ」
「お兄ちゃん……!」

 

 ジェニーがテーブルから転げ落ちるように、駆け寄った。

 

「お兄ちゃん、痛い……?! こんなに血が――、こんなに……」
「へへ、だいじょうぶさ、ジェニー」

 

 痛みに脂汗を流しながら、フリックは笑む。

 

「ごめんな、情けない兄ちゃんで。おまえを護るつもりが、逆に、傷つけちまった……」
「そんなことない、そんなことない……! ごめんなさいお兄ちゃん、ごめんなさい……!」

 

 泣き崩れる頭を、無造作にフリックの手が撫でる。その時数人の宿泊客が、医師と治安官を連れて戻ってきた。
 ジャックが拘束され、連れて行かれる。ジェニーはフリックから遠ざけられ、医師の手当が始まった。

 

「これでもう、安心だな」

 

 ライナスは、ジェニーに微笑みかける。
 この宿も、これから事情聴取などで人の出入りが激しくなるだろう。出発する頃合いだ。

 

「元気でな、ジェニー。兄貴と仲良くするんだぞ」
「……ライナスさん」

 

 ジェニーの目が見開かれる。ライナスは彼女の頭にぽんと手を置いたあと、踵を返した。
 ――どん、と背中に軽い衝撃が当たる。
 ライナスは息を呑んだ。腰に回っているのは、ジェニーの細い腕だった。

 

「……ジェニー?」
「行かないで、ライナスさん」

 

 絞り出した、震える声が、体越しに伝わる。

 

「行かないで。ずっと……ここにいてください。わたし……わたし、ライナスさんのこと」

 

 ジェニーは言葉を詰まらせる。その代わりに、抱きしめる腕に力がこもった。
 ライナスは一度、目を閉じる。ゆっくりと開き、いたわるように、ジェニーの手に自身のそれを重ねた。

 

「ライナスさ……」
「ごめん。ジェニー」

 

 そっとジェニーの腕をほどき、ライナスは振り返る。男から暴力を受け震えている少女を、一時的に慰めることはできるかもしれない。けれどそれは最も残酷な方法で、――それ以上に自分には、狂おしいほどの決意がすでにある。

 

「オレはメイベルが好きなんだ」

 

 流れ者である自分たちを、快く受け入れてくれた。優しい少女に、最上の誠意こめて、ライナスは告げた。

 

「だからジェニーに応えられない。ごめんな……ジェニー」
「……ライナスさん」

 

 ジェニーの瞳から、再び涙が伝う。ライナスの胸は痛んだが、やがてジェニーは、泣き濡れた顔に笑みを浮かべた。

 

「うん。ほんとはね、分かってた。ありがとう。言ってくれて」

 

 ジェニーの強さがまぶしくて、ライナスは目を細める。さっきまでライナスを抱きしめていた両手を、後ろで組んで、ジェニーは笑う。

 

「最後にわがまま、言いたかっただけなんです。さようなら、ライナスさん。またこの町に立ち寄った時には、メイベルちゃんと一緒に、泊まりに来てくださいね」

 

 

 

 

第3幕【4】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第3幕【6】

 

 

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