ネット小説 【姫君と騎士の旅】 第4幕(1)

第3幕【6】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第4幕【2】

 

 窓から入り込んだ日差しに気づき、マルセルはため息をつく。肩まで伸びた金の髪を、光が弾いた。
 もう朝か。最近、真っ当な時間に眠れていない。机に広げた資料を見下ろして、再度ペンを走らせる。

 

「マルセルさま、リネットにございます」

 

 控え目に、扉の奥から声がした。入れ、と促すと、小柄な少女が扉を開ける。彼女もここ最近、ろくに眠っていないはずだ。

 

「おはようございます、王子。また今日も徹夜されたのですか?」
「粛清すると決めたんだ、仕方ない。王国内の不正だけでなく、最近は『帝国』の工作員が活発に動いている。中立であらねばならない母上にはできないことだ。僕が城を、徹底的に綺麗にする」
「ゴキブリさんなみに出てきますものね。『帝国』は最大の軍事国家ですから、扱いも大変ですし」
「それなりにやりがいはあるということだ」
「でも顔色が優れないです……。今、お茶を入れますね。砂糖はなしでいいですか?」
「そんなこと、おまえの仕事ではないだろう」

 

 マルセルは形のいい眉を寄せる。こう見えて、リネットは第一騎士だ。お茶汲みのために側に置いているわけではない。
 けれどリネットは、無邪気に微笑む。

 

「父上はわたしの入れるお茶を、いつも褒めて下さるんですよ。だからマルセルさまもきっとおいしいって思うはずです」
「ジョシュアは娘に甘いだけだ。信用できない」
「あ、そうだ」

 

 ティーポットを持ち上げながら、リネットは言う。

 

「ご報告があるんです。大したことではないかもしれないんですけど、禁術書のことで」
「――待て。禁術書のことで、大したことない訳がないだろう。おまえはいつも、大事なものを取り違える」
「ご、ごめんなさい」

 

 マルセルに睨まれて、リネットは萎縮する。マルセルは息をついた。

 

「報告しろ」
「は、はい。えっと、中央教会が動き出しました。教会士を禁術書の奪還に派遣したそうです。禁術書は教会が保管していたから、2冊も盗まれて、青ざめてるみたいです。1冊は見つかったからいいけれど……」
「対応が遅すぎるくらいだな。1冊は姉上が見つけ、残りの1冊は行方知れず、か。派遣された教会士は誰だ。上級士のケネスか、それともガストンあたりか?」
「いえ、それが、全然聞いたことのない下級士のようです。シリルという孤児で、教会で育った少年です。ええと……まだ17歳です。兄上と同い年だ」

 

 リネットはメモを見ながら答える。マルセルは眉をひそめた。このような大事な案件に、なぜ若輩を使うのだろう。
 リネットが呑気に笑った。

 

「早く見つかるといいですねー。あ、マルセルさま。ほっぺ」

 

 ふいに、リネットの指先が頬に触れて、マルセルの思考が停止した。

 

「インクついてる。ふふ、小さい子みたい。可愛いな」
「……っ」

 

 紺色の瞳に覗きこまれて、思わず椅子ごと後ずさる。主を主とも思わない言動は、エオウィン家の特徴なのだろうか。

 

(最悪の性質だ……!)

 

 マルセルは無造作に腕で頬を拭いながら、立ちあがった。

 

「……湯浴みにいく! おまえは自室に下がって仮眠をとれ」
「あ、マルセルさま。それならお召しものをご用意します」
「それはおまえの仕事ではないと言っている。何度教えれば分かるんだ」
「あれ? マルセルさま、お顔が赤いです。もしかして風邪でも引かれましたか?」
「さっさと、部屋に戻って、寝ろ」

 

 凄味のあるマルセルの言葉に、リネットは恐縮して「はい」と返事をした。

 

 

 

 

「あ、やべえ」

 

 少年は立ち止まる。
 朝日が差し込む森の中である。昨夜は野宿をした。久々でちょっと楽しかった。何しろ教会は規律だらけだ。自由が少なくて、息が詰まる。
 オレって優等生だから、と少年は心の中で自画自賛するが、育ての親である教会長が聞いたら怒りを通り越して脱力するだろう。教会に引き取られて10年あまり、少年が規律に大人しく従ったことなど、ただの一度もない。教会内で名を馳せる問題児は、足元を見下ろして肩をすくめた。

 

「だってまさかこんなところに花壇があるとは思わねえだろ。不可抗力だな」

 

 花の上から足を持ち上げる。見事に潰れていた。
 放っておいてもにょきにょき生える森に、わざわざ花を植えるなど酔狂すぎる。さては女だな、と見当つけるとともに、民家が近いことを自覚する。
 目的地が、近いかもしれない。
 ふところに右手を差し込む。ガチャリ、と金属音が響いた。
 手の中にあるのは、純白の銃。華麗な装飾を施された、『教会士』専用の武器だ。銃弾を確かめようとした時、人の気配を感じて、すぐに銃をしまった。

 

「あ、花が」
「踏まれてる」

 

 現れた二つの人影に、驚愕せざるをえなかった。
 なめらかな薄青の髪と、紫の瞳。まだ子供だ。ひどく美しい少年達だった。だがそれが驚いた理由ではない。いくら愛らしくても、男に興味は持てない。
 そうではなく、同じ人間が二人いるのだ。声も、顔立ちも、背格好も、何もかも同じだ。

 

「ふた、ご……?」
「その反応、慣れたというか、もう飽きちゃった」
「それよりもキミ、花、踏んだだろ」

 

 そっくりなどというレベルではない。写し取ったかのようだ。
 二人の少年は仲良く並び、全く同じ笑みを浮かべた。瞬間、理由もなく彼の背筋が粟立った。
 愛らしいはずなのに――悪寒がした。

 

「はじめまして。僕はウィリアム。キミが踏んじゃったから、またイチから育てなおしだよ。花が咲くのに、20日かかったんだよ」
「僕はスチュアート。これを植えて育てたのは僕らじゃないけど、僕らの大切な女の子なんだ。仕方ないからキミ、一緒に来て謝ってよ」
「あ、ああ……。ごめんな。間違えて踏んじまって……」

 

 動揺を押し込む。確信した。この双子からは血の匂いがする。いくら天使の皮を被ったからと言っても、教会士の自分をごまかせるはずはない。
 教会からの手配書にあった、双子の『薬師』(くすし)――
 禁術書の、盗っ人だ。

 

「僕らの家はすぐ近くだよ。この花、発作を抑えるための薬になるはずだったんだ。ライナスはどうでもいいけど……悲しむかな、メイベル」

 

 

 

 

第3幕【6】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第4幕【2】

 

 

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