ネット小説 【姫君と騎士の旅】 第4幕(2)

第4幕【1】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第4幕【3】

 

 庭には様々な植物が植えられていた。綺麗なものもあれば毒々しいものもあり、観賞用ではなく薬の材料として育てているのだろう。
 その他の特徴といえば……やはり、家の外観だろうか。ノックをしたら花屋の娘が出てきそうな造りである。やたら可愛らしくてメルヘンチックだ。

 

「ただいま、メイベル」
「遅くなってごめん」

 

 胸元を赤いリボンで結んでいるのがウィリアムで、青い方がスチュアートらしい。あまりにもそっくりなので、リボンで見分けるしかない。双子の後ろから家に入ると、ふんわりと甘い香りが鼻腔をくすぐった。
 続いて、鈴のような少女の声。

 

「おかえりなさい、ウィリアム、スチュアート。パイを焼いたの。おやつにしましょう」
「やったあ、メイベルの手作りお菓子だ」
「ウィリアム、まず手を洗ってからだろ」
「今からお茶いれるね。……と、あれ? お客さま?」

 

 翆玉の瞳が、こちらを見た。あまりにも清廉な存在感に、息を呑む。
 ふわふわして柔らかそうな金の髪、薔薇のような頬。双子の容姿にも度肝を抜かれたが、この少女はさらに上を行く。メルヘンチックな家にぴったりの、砂糖菓子のような娘だ。

 

「あ、聞いてよメイベル! この人、リンメルの花を踏んじゃったんだ」
「また最初から育てないといけなくなった。また良い日を取って、ぴったりの土があるところを探すよ」
「え……。ま、待って。じゃあ、薬は……?」

 

 少女の顔がみるみる青ざめてゆく。可憐な少女がショックを受けるさまは、見ていて胸が痛む。

 

「ごめん。オレ、気付かなくて。まさかそれが薬になるなんて思ってもみなかったんだ。あんた体がどっか悪いのか?」
「あ、いえ、わたしじゃなくて……。あの、あなたは?」
「ああ、自己紹介がまだだったな。オレはシリル。てきとーにフラフラしてる旅人だ」
「てきとーに、ふらふら?」

 

 生真面目に、少女は首を傾げる。本当のことをバラす訳にはいかないから、思いつきで自己紹介したのだが、細かく設定を決めておいた方が良かったかもしれない。

 

「まあ、ちょっと立て込んだ事情があるから、その辺は察してくれ。あんたは確か、メイベルって名前だっけ?」
「うん、そうよ。わたしも旅をしているの。従兄弟のライナスと一緒に、両親へ会いに行くのよ」
「へーえ。遠くへの旅か?」
「えっと、うん。ちょっと遠いの。それに今、従兄弟の体調が悪くて、それでウィリアムたちを訪ねたのよ。この子たち、有名な薬師なの。近くの村で噂を聞いて、訪ねたの。20日くらい前からお世話になっているのよ」

 

 双子の薬師――教会の情報通りだ。シリルは、「まだ小さいのに薬師だなんてすごいな」と、驚きの演技をしてみせる。

 

(ちょっと待てよ)

 

 シリルは内心、眉をひそめた。
 『ライナス』と――、『メイベル』?

 

「でも、ライナスの体調はちょっと複雑らしくて、特別な材料が必要だったのよ。それがリンメルの花だったんだけど……。あ、でも大丈夫よ。もう一度植えればいいもの。ね、ウィリアム、スチュアート」
「うん。僕らはメイベルが長く家にいてくれるっていうだけで、嬉しいよ」
「いっそのことここに住めばいいのに」

 

 ずいぶんと懐かれているようである。こいつらガキのくせに面食いだな、とシリルは思った。自分としてはもう少し、胸元あたりにボリュームがあった方が……。
 いや、それよりも、二人の名前をどこかで聞いた気がするのだが、思い出せない。

 

「じゃあシリルも一緒に、パイ食べよう? わたし、お菓子作りなんてしたことなかったんだけど、最近教わったの。けっこう評判いいのよ」
「ああ、サンキュ。あと、花植えだが、このままだと申し訳ないからオレにも手伝わせてくれ。雑用でも何でもすっから、無事花が咲くまでここにいてもいいか?」
「ほんとに? 何でもするの?」

 

 双子の目が輝いた。コキ使われそうな予感がするが、背に腹は代えられない。調査するにはまず、潜入が必須だ。
 彼らには『姉』がいたはずである。ざっと気配を探る限り、そのような存在は見当たらない。

 

「ああ、こう見えて力はあるんだ。任せろ」
「それなら早速、今日のごはん獲ってきて!」
「へっ?」
「あと、水汲みもよろしく。薬に使うから、井戸水じゃなくて川の上流の綺麗な水を頼むよ」
「僕、久しぶりにイノシシが食べたいなー」
「僕は魚がいい。白身以外は嫌だ。パンも足りなくなってきたから村へ買い出しに行ってくれ。ちなみに村までは徒歩2時間だ」
「……」

 

 いい度胸だこのガキと怒鳴りつけたいところだがこれも仕事だ。青筋立てつつ「我慢だオレ」とぶつぶつ言い聞かせていると、ふいに玄関の扉が開いた。

 

「ただいま、メイベル。っと、お客さんか?」
「おかえりライナス。こちらはシリルよ。いろいろあって、今日から一緒に泊まることになったの」
「へえ、そうなんだ。大所帯になってきたな」

 

 ライナス、と呼ばれた男は肩にかついだ大量の薪を床に下ろした。恐らく双子にコキ使われた結果だろう。
 自分と同じくらいの歳に見える。こちらも二枚目の色男だが、オレの方がいい男だと、シリルは結論づけた。

 

「あと、ライナスの薬なんだけど、もう少しかかりそう。お花、だめになっちゃって」
「枯れたのか?」
「いや、オレが踏み潰したんだよ。あんたの薬なんだってな。悪かった」
「ああ、いや。構わないよ。森の中だし、踏んでもおかしくない。オレはライナスだ。よろしくな」

 

 ライナスは爽やかに笑む。好青年風だが、鋭い紺色の目が、ほんの一瞬でシリルの全身に視線を走らせた。恐らく検分されたのだろう。美少女連れで旅をしているだけあって、警戒心が強いのかもしれない。腕も立つように見える。油断できない男だ。
 妙な居候がいたのは計算外だが、うまく潜入することができた。スタートとしては上々だろう。

 

「シリルは一人で旅をしているのか?」
「ああ、そうだけど」
「武器もなしに?」

 

 サラリと聞かれて、思わず言葉に詰まった。ライナスは相変わらず、好青年風の笑みを浮かべている。

 

「あー、いや、オレ、不器用だから武器扱えねえんだ。その代わり逃げ足だけは鍛えられたよ」
「ははっ。戦わずに逃げられるのであれば、それが一番だな」

 

 ライナスは笑いながら、メイベルを手伝い始めた。パイが切り分けられ、皿に盛られていく。
 うまくごまかせたようだ。シリルは内心胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 双子からのリクエストを全てこなせたのは、ひとえに自分が優秀であることに他ならない。
 これで彼らの信用を得ることができたはずだ。今晩からでも、皆が寝静まった後調査を開始して、教会の連絡係に報告を――

 

「大丈夫、シリル……?」

 

 心配そうな声が降ってきて、シリルは目を覚ました。上から愛らしい瞳に見下ろされている。
 気づけば大の字になって居間に転がっていた。どうやら眠っていたらしいが、問題は、夕食を食べた後の記憶がスッパ抜けていることだ。

 

「ごはん食べた後、ふらふらーっと倒れちゃって……。疲れたのよね。森とか川とか村とか、短時間で走りまわされて。イノシシに体当たりして、怪我もしちゃったし」

 

 そうか、それで疲れて眠ってしまったのか。不覚である。やはり、あの双子をシメ殺した方がいいかもしれない。

 

「シリル、目が怖いわ」

 

 くすくすとメイベルが笑う。鈴が転がるようで、可愛い。

 

「メイベルがひざ枕してくれたら、もっと早く回復できそうだぜ」
「え? ひざ枕って、頭を乗せるのよね? どうしてそれだけで回復が早まるの?」
「それはほら、柔らかいふとももが強力な癒しのパワーを……」
「ずいぶんと元気そうだな、シリル」

 

 ガン、と思い切り右足を踏まれて、シリルは叫び声を上げた。

 

「なっ、お、おまっ……」
「メイベル、そろそろ寝る時間だよ。ホットミルク作ったから、飲んだら寝よう」
「あ、うん。でも今、シリルがすごい声を上げたのだけど……」
「きっとまだ寝ぼけてるんだよ。シリル、君の部屋は1階の北側だ。今日は疲れただろうから、ゆっくり寝なよ」

 

 ライナスはメイベルの手を取って、立ち上がらせる。しれっとした表情だ。やはりこいつは曲者だ。

 

「『オレとメイベルの』部屋は2階の南側だ。何かあったら呼んでくれ。それじゃあ、いい夢を」

 

 見事なまでの牽制に、涙が出そうである。
 強烈に踏まれたのが、致命傷だった。シリルはふらふらと自室へ向かったが、廊下の途中で力尽きたのであった。

 

 

 

 

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