ネット小説 【姫君と騎士の旅】 第4幕(3)

第4幕【2】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第4幕【4】

 

 メイベルとライナスは従兄弟同士だと言っていたが、どうやらそれ以上の関係らしい。少なくともライナスはベタ惚れだ。勝手にやってくれ、の世界である。

 

「でもあいつらの名前、どっかで聞いたことあるんだよなー」

 

 真っ昼間、命じられた草むしりを決行しつつ、シリルは一人ごちた。
 双子は呑気なもので、力仕事をシリルとライナスに押し付け、自分たちはのんびり薬を作っている。若すぎる薬師ということ以外は、ごく普通のクソガキだ。『姉』も見つからないし、話題にも出ない。
 最初に彼らを見た時、確かに悪寒がしたのだが……。自分の直感はよく当たるが、今回ばかりは外れだろうか。

 

「おやや、また居候さんが増えたんですか」

 

 のんびりした男の声が聞こえて、シリルは顔を上げる。庭の入口で、大きな革袋を肩に乗せた若者が一人、立っていた。20代半ばくらいだろうか、細身で背が高い。どこか茫洋とした雰囲気がある。
 双子の客だろうか。

 

「誰だよ、あんた」
「あー、申し遅れまして。僕はレイオン、商人やってます。注文を頂いたんですが、ウィリアムさんたちいます?」
「作業室で薬作ってるぜ。こもったばかりだからなかなか出てこないと思うぞ」

 

 年上だと思うのだが、腰の低い男だ。商人だからだろうか。シリルは立ち上がり、扉を開ける。

 

「まあ、入れよ。オレもそろそろ、休憩したくなったところだ」

 

 

 

 

「お疲れさま、シリル。ちょうどお茶に呼ぼうと思っていたところだったの。……あら?」
「いやあこんにちは、メイベルさん。手作りクッキーですか? いい匂いですねぇ」

 

 レイオンは微笑む。さっそく1枚頬張りながら、シリルは首をかしげた。

 

「なんだおまえら、知り合いか?」
「はあ、ご贔屓にして頂いてるんで」
「レイオン、また会えて嬉しいわ。レイオンから教えてもらったクッキーとパイ、みんなおいしいって言ってくれるの。また別のお菓子も教えてほしいわ」
「ええ、ええ。可愛いお嬢さんの頼みであれば、いつでも」

 

 冴えない男のくせに、サラリと気色悪いセリフを言う。商人の営業トークというよりは、ストレートにメイベルを口説いているように聞こえる。シリルはげんなりした。こういう男は気に食わない。

 

「そういえばライナスさんの調子はいかがです? 時々『発作』が起こるということでしたが」
「うん、大丈夫よ。ここに来てから一度も起こってないの。即席の薬を服用してるのだけど、それが効いているかもしれないわ。でもリンメルの薬が一番効くらしいから、その完成までここで厄介になるつもりよ」
「それはよかった。ここへ来る楽しみがなくならずにすみます。ところでライナスさんは今どこに?」
「ライナスならもうすぐ帰ってくるわ。今、薬草を採りに行っているの。ウィリアムたちはもうちょっと時間がかかるかもしれないけれど」
「ただいま」

 

 ぴったりのタイミングで、ライナスが扉を開けた。絶対にライナスは、レイオンが気に食わないはずである。けれどきちんと笑顔を作れるあたり、さすがだ。

 

「レイオン、来てたんだ。商売おつかれさま」
「いえいえ、いつもご贔屓にして頂いて。ライナスさんこそ、村へおつかいですか?」
「家主の命令でね。残念ながら逆らえないんだよ」
「はあ、なるほど。だからあの方も草むしりをされていたんですね」

 

 話題が自分に回ってきた。シリルは紅茶を飲みつつ、答える。

 

「これ飲んだらまた草むしりだぜ。自己紹介がまだだったな。オレはシリル。メイベルたちに迷惑かけちまったから、いろいろ手伝ってんだ」
「迷惑だなんて、そんなこと思ってないわ。でもシリルが来てくれて、この家が明るくなったのよ」
「そうですねぇ、メイベルさんの笑顔が、いつにも増して明るくて可愛らしい」

 

 痒くなるようなセリフに、あろうことかメイベルは頬を染める。二枚目が言うと警戒するセリフだが、こういう安全パイの男が口にすると、不意打ちをくらった気分になるのだろう。もちろんシリルにとって、鬱陶しいことに変わりない。
 ライナスが爽やかに口を開いた。

 

「レイオン、品物を預かるよ。せっかく来てくれたんだ、ゆっくりしていってくれ。メイベル、レイオンの分もお茶の用意を頼むよ」
「うん。あ、品物が注文と合ってるか、見ないと」
「オレがやっておくから大丈夫だよ。触るとかぶれる物もあるから、メイベルはやらない方がいい」
「そうなのね……。ごめんね、じゃあお願いするわ」

 

 メイベルは台所へ向かう。顔には出さないが、やはりライナスは、レイオンのそばにメイベルを置きたがらないようだ。
 椅子に座りながら、レイオンは薄く笑んだ。

 

「相変わらずお優しいですねえ、ライナスさん」
「小さい頃から知ってるから、つい世話をやいてしまうんだよ。だめだな、甘くって」
「ははあ、でも実は寄りかかってるのはライナスさんの方に見えるなぁ」
「それ、心理学? かじってるだけじゃ当たらないよ」
「ふふ、人生経験からくる判断ですよ」
「意外だな。レイオンの判断は、とても主観的だね」

 

 なんとなく、火花が散っている気がする。1歩離れた野次馬的スタンスであれば楽しめると思うが、まっただ中にいると居づらいだけだ。
 雰囲気を打破するために、シリルは口を開いた。

 

「あのガキどもが薬師だなんて、今だに信じられないな。毒薬を作ってるって聞いた方が信じられるくらいだぜ」
「有名みたいだよ。近くの村はみんな、ウィリアムたちに世話になってるらしいし。オレも薬を貰ったんだけど、」
「何歳から、あいつら薬師やってんだ?」
「さあ……。でも昔から薬草に興味があったみたいだよ。家族でそれっぽい商売をしてたみたいだし」

 

 家族、という言葉に反応する。
 双子は孤児だったはずだ。そして、姉が一人いる。

 

「今、両親はどうしてんだよ。あんなチビほっぽって」
「家族の話は聞かないからな。事情があるんじゃないか?」
「ウィリアムたちの、家族の話?」

 

 トレイを持って、メイベルが戻ってきた。

 

「わたし、以前にちょこっと聞いたことがあるわ。お姉さんがいるそうよ」
「いるってことは、まだ生きてるってことか?」

 

 ――姉。
 初めて出たキーワードに、シリルは逸る心を抑える。つとめて冷静に、なにげなく、尋ねた。

 

「近くの村にでも住んでるのかよ」
「そういうことは言ってなかったけど……。でも、あの子たちはあんまり、自分の家族のこと話したがらないから深く聞いてないわ。お姉さんの話が出たのも、ウィリアムがつい口を滑らせたっていう様子だったもの。スチュアートに睨まれてたわ」
「ふーん」

 

 シリルは紅茶を含む。
 教会への報告事項が、めでたくも増えたようだ。

 

 

 

 

 皆が寝静まった真夜中、シリルは森の中にいた。
 双子の家からはだいぶ離れている。根が三又になっている木が目印だった。

 

「こんばんはシリル」

 

 気配なく、感情も窺えない少女の声が、すぐ耳元で聞こえた。いつものことなので、特に驚かない。

 

「よう、ヘンリエッタ。どうだ、調子は?」
「すごく、元気」

 

 元気一杯だとは思えない平坦な声で、彼女は言った。
 まっすぐに伸びた長い髪。彼女が教会との連絡係だ。シリルと同じく教会の前に捨てられていた孤児で、一緒に育ってきた。気の知れた仲だが、彼女が表情を動かしたところを、数度しか見たことがない。

 

「おまえさ、相変わらず暗いぞ。たまにはニコーって笑ってみろよ。素材は悪くないんだからさ」

 

 ヘンリエッタは少し考える仕草をした後、薄い唇を横へ広げた。

 

「にこー……」
「……。いや、ごめん。オレが悪かった。ヘンリエッタは今までの通りでいい」

 

 あまりにも不自然な笑顔である。シリルは即座にあきらめた。

 

「報告。一応、教会のジイサンが言ってた双子とは接触したぜ。てきとーに口実作って居候してる。今のところ物証はゼロ。状況証拠もゼロ。怪しい動きもなし」

 

 ヘンリエッタは真面目にメモを取っている。

 

「あまりにも普通のガキだから、人違いかと思ったけど、どうやら姉がいるらしい。双子のガキの薬師ってだけでも珍しいからな。たぶんジイサンが言ってた容疑者で間違いないと思うぜ」
「姉……。孤児院で、行方不明になった人。名前は、エーリカ」
「そう、それ。両親が死んで、双子と姉は孤児院へ引き取られた。で、その後孤児院が火事で焼失。真夜中の出来事で、職員と子供は全員死亡。けどなぜか、エーリカと双子の遺体だけ見つからなかった」
「火事は職員の、火の不始末って発表されてたけど、……姉弟も、限りなく怪しい」
「そういうことだ。経歴を聞くとかなりヤバいガキどもだが、今回のことはどうかな」
「じいちゃんが、読み間違えたってこと……?」
「現時点じゃその可能性が高いな。ただな、オレあの双子を見たとき、すっげー嫌な感じがしたんだよ。証拠はないけど、オレのカンは反応してる。もう少し様子見るから、ジイサンにはそう言っておいてくれ」
「わかった」

 

 ヘンリエッタは頷いた。
 彼女は連絡係だが、教会までは急いでも4日かかる。だから移動役という者が数名いて、ヘンリエッタの報告書を素早く運んでいる。シリルは移動役の顔を知らない。会う必要がないからだ。

 

「おまえずっとこの森に潜んでるんだよな。暇な時なにしてんだ?」
「動物と、遊んでる」
「野生の動物を手なずけられるわけねえだろ。言葉も通じないじゃねえか。どうやって遊ぶんだ?」
「楽しく遊ぶ」
「……」

 

 シリルは追及をあきらめた。
 そういえばもうひとつ、気になっていることがあった。

 

「双子の家に居候してんの、オレだけじゃないんだ。同じ歳くらいの奴が二人、薬を作ってもらいに来ててさ。一人は金髪で翠の目の女、もう一人は黒髪に紺色の目の男。名前はメイベルとライナスだ。どっかで聞いたことある名前なんだけど、おまえ心当たりある? なんとなく気になってさ」
「メイベルとライナス……」

 

 ヘンリエッタはぼうっとしている。考え込む時の癖だ。時間がかかるので、シリルはいつも我慢して待つ。

 

「……確か、王女さまの名前がメイベルで、金髪に緑の目。第一騎士が、ライナス。黒髪に紺色の目、だったはず」

 

 シリルは唖然とした。

 

「そうだっけか?」
「うん。15歳と17歳だから、シリルと同じくらい」
「あー、そうだっけ。だからオレ、引っかかってたのか。なんだ、考えて損した。まさか王女サマと第一騎士がこんなところにいるわけないもんな。ただ名前と特徴が一緒だったってだけか」
「王国祭で、じいちゃんと一緒に、特別室で見たことある。今、似顔絵、書く」

 

 メモ帳にさらさらと、ヘンリエッタは絵を描いた。連絡係に選ばれる条件として、状況を正確に、素早く報告できる能力が必要だ。彼女は速記能力も、口頭での報告能力も、そして絵の才能も兼ね備えていた。
 ぴらり、とメモをこちらに見せる。

 

「この二人。メイベルさまとライナスさま」
「……」

 

 今度こそ、シリルは絶句した。

 

 

 

 

第4幕【2】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第4幕【4】

 

 

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