ネット小説 【姫君と騎士の旅】 第4幕(4)

第4幕【3】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第4幕【5】

 

 翌朝、テーブルでぼーっとしていると、突然メイベルに覗きこまれた。まだ昨夜の衝撃が抜けていない上に、この不意打ちだ。動揺してしまうのは仕方ない。
 メイベルは不思議そうに首を傾げた。

 

「どうしたのシリル、そんな驚いた顔をして」
「い、いや、んなことないよ。えーと、あれだろ、飲み物だろ。ミルクでいいよ」
「うん。じゃあちょっと待っててね」
「おはよーメイベルー! 僕もミルク欲しいよー!」
「僕は紅茶が飲みたい」

 

 朝から元気な双子が、階段から顔を出した。メイベルは笑顔で返事をして、台所へ消える。

 

(まあ……確かに、お姫さまだと言われたら、納得か)

 

 立ち居振る舞いに品があり、何より華がある。立っているだけで周囲を色づかせるというか……。
 それにしても、なぜ王女と騎士がこんなところにいるのだろう。薬が必要と言っていたが、わざわざ出向かなくても手に入りそうなものなのに。上の人間の考えることは分からない。
 いや、ちょっと待て、とシリルは自分にツッコミを入れる。確かライナスは、メイベルにぞっこんだったはずだ。メイベルもライナスに頼っている印象を受ける。もし二人が恋仲だったとして、それでこのような辺鄙な場所にいるということは、つまり。

 

(駆け落ちか!)

 

 これは面白……いや、大変な状況に遭遇してしまった。女王もさぞ心配していることだろう。何とか力になりたいところだが、自分は潜入捜査中だ。下手に動くわけにはいかない。
 と、双子が正面のイスに腰掛けて、口を開いた。

 

「シリル、草むしりへたくそだね。すみの方、ボーボーだったよ」
「最初からシリルには期待してなかったけど、あんな簡単なこともできないなんてがっかりだよ」
「おまえら男のくせにいちいち細かいんだよ」

 

 シリルはげんなりした。薬草と雑草の違いが分からないから、仕方ないではないか。
 その時ふいに、尋常ではない空気を察知してシリルが顔を上げた。3秒後、勢いよく扉が開かれ、ライナスが入ってきた。

 

「ウィリアム、スチュアート。今日は外へ出ない方がいい。メイベルはどこだ?」

 

 鋭い表情で、しっかりと扉を閉める。双子はきょとんとした。

 

「メイベルなら台所だけど……。どうしたのライナス? どこ行ってたの?」
「動物がざわついていたから、様子を見てきたんだ。30分ほど歩いただけだが、小型の獣の死骸を36体見つけた。どれも『刺し殺されて』いた。明らかに人間の仕業だ」
「さ、さんじゅうろく?! ほんとに?」
「……異常者がうろついてるってこと?」

 

 スチュアートの問いに、ライナスは頷く。

 

「メッタ刺しだ。普通の神経じゃない。動物で収まってるならまだマシだが、人間まで刺すようになったらまずい」

 

(――来たな)

 

 シリルは片目を細める。双子の動揺っぷりが白々しいくらいだ。ヘンリエッタに報告した次の日に、これだ。双子に勘付かれたかもしれない。
 雰囲気を察したのか、メイベルが奥から出てきた。

 

「どうしたの、ライナス?」
「メイベル、しばらくは家から出てはいけないよ。オレがいいと言うまで、ここにいるんだ」
「何があったの?」

 

 翠の瞳が不安を滲ませる。
 森を暗雲が、覆い始めていた。

 

 

 

 

 皆が寝静まった、夜。
 ヘンリエッタとの約束まで、まだ少し時間があった。シリルは自室のベッドに寝転がりながら、状況を整理する。
 まず最初は、双子による禁術書の盗難から始まった。いかなる技を使ったのか分からないが、教会の地下深くに、封印の術を施されていた2冊の禁術書が、あっけなく奪われた。
 教会士はことごとく討ち取られ、封印は野蛮に破られていた。上級士から下級士まで、警備にあたっていた20人の内、息のある者はたった一人だった。襲撃を受けた早期に、伝令として抜け出したのだ。
 彼の目撃証言から浮かび上がったのが、例の双子だった。

 

(孤児院の焼失から行方不明となった、3人の姉弟)

 

 教会襲撃に、姉の姿はなかったという。
 そしてその後、1冊の禁術書がイアンという青年に渡った。イアンは田舎のゴロつきで、『強力な術書』を喜々として受け取った。
 のちの調査で、双子が『わざとイアンに渡した』ということが分かっている。恐らく禁術を使うことによる『副作用』を警戒したのだろう。強力な術は、まれに強烈な副作用をもたらす。双子はしばらくイアンを泳がせ、あることに気づいた。
 それは、禁術の特性。

 

(15歳以下の『子供』しか、使えない)

 

 強力な術ほど、純粋な子供でしか扱えないものだ。イアンでは使いこなせないのだ。そのことに気づいた双子は、今度は若い盗賊が縄張りとしている森にイアンを誘い、気絶させた。
 計画どおり、盗賊が禁術書を手にしたところまでは良かった。その後、さりげなく近づき、禁術を使うよう誘導しようとしたのだろう。誤算はそのあと、起きた。
 たまたま通りかかった『二人の少年少女』が、禁術書を奪ってしまったのだ。その後、禁術書は軍の手に渡り、簡単に奪えなくなった。

 

「今、禁術書はアーネスト・カーターの責任のもとに厳重に保管されているらしいからなー。ジイサンも面白くないわけだ」

 

 アーネストはマルセル王子暗殺未遂の責任を取り、現在自宅で謹慎中となっている。けれどそれは建前で、密かに禁術書保管を命じらたと聞く。
 双子は残りの1冊を手にしているはずだ。そして、今回の動物虐殺に繋がる。
 そう。1本の線で繋がるのだ。

 

「しびれを切らして、副作用実験なんてやってられなくなったか?」

 

 動物虐殺は、牽制だ。恐らく双子は勘づいている。シリルがただの旅人でないことを。
 残念ながらあの禁術は、副作用をもたらさない。双子は賭けに勝ったのだ。シリルは口端を吊り上げる。
 けれど次のゲームでは、自分が勝ってやる。

 

 

 

 

「動きだした……」

 

 ヘンリエッタが淡々と言う。凶悪な禁術が放たれ、森がざわめいている。

 

「禁術は、魔術ではなく『錬金術』。けれど『創り出す』のではなく、『創り変える』術。それは物質だけでなく、……心さえも」
「両腕を剣にしたり、皮膚を鋼鉄に変えるだけなら、まだいい。最悪なのは他人の心をも創り変えやがった場合だ」

 

 シリルの言葉に、ヘンリエッタはうつむく。
 精神を根こそぎ奪い、狂戦士集団を生み出し、無差別に破壊させる。友人、恋人、家族さえ殺させる。それが禁術と呼ばれるゆえんだ。
 また禁術は、ひとり一回しか効かないため、二度と元に戻らない。ある特別な方法を使わない限り。

 

「動物が、たくさん死んだ。たくさん……」
「操られた奴はたぶん、村人だろうな。もし多人数が創り変えられてたらまずい。ヘンリエッタ、おまえ教会に戻って教会士を何人か連れてきてくれ。……ヘンリエッタ?」

 

 俯いたままの彼女に、シリルは眉をひそめる。

 

「何だよおまえ。泣いてんのか」
「だって……動物が、死んだ。防げなかった……。わたし、ずっと森にいたのに。悔しい……」
「村人が殺すところを、見たのか?」
「見てない……。血の匂いがしたと思ったらもう、何匹も何匹も、殺されてた。わたしの、せい。わたしの」
「バカ」

 

 シリルは息をついて、ヘンリエッタの頭を引き寄せた。

 

「おまえのせいじゃねえよ。これからオレが、残りの動物やら人間やら全部、護ってやる。だからもう泣いてんじゃねえ」

 

 月明かりの下で、ヘンリエッタの小さな嗚咽がもれる。そのぬくもりとは正反対の、冷たい銃身を、シリルはゆっくりと持ち上げた。鋭く、目前の茂みを見据える。
 誰かが、いる。
 ここまで見事に気配を消せる人物を、シリルは一人、知っている。残念ながら彼の隣の人物が、気配を殺し切れていない。
 シリルは口端を吊り上げた。少し遅れた自己紹介になりそうだ。

 

「ようこそ、騎士サマ。今宵は良い月夜だな」

 

 

 

 

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