ネット小説 【姫君と騎士の旅】 第4幕(5)

第4幕【4】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第4幕【6】

 

 最初から、どこかおかしいと思っていたのだ。
 登場の仕方も不自然だった。いつの間にか双子の家に居ついていた。纏う雰囲気も普通ではなく、軽い動作でも隙がない。旅をしているというのに武器を持っていないと言っていた。けれどいつでも反撃してくるような、野生の牙を感じ取れた。

 

「ライナス……!」

 

 すぐ隣で、メイベルが息を呑んだ。
 銃口はライナスの額へ突き付けられている。それと同時に抜き放った剣は、シリルの首元を捕えていた。
 白い月の下で、シリルは挑戦的な笑みを浮かべる。

 

「ようこそ、騎士サマ。今宵は良い月夜だな」
「でも残念ながら、呑気に月見とはいかないようだ」

 

 ライナスは銃へ視線を走らせる。純白に、黄金の装飾。噂には聞いていたが、見たのは初めてだ。

 

「教会の秘具、『聖銃(せいじゅう)』だな。おまえ、何者だ? 聖銃が使えるのは、『教会士』でも極一部の適正ある人物のみのはずだ」
「ただの下級協会士さ。ただし教会長のジイサンの秘蔵っ子ってやつだがな。どの組織でもいるだろ、隠れた実力者ってやつさ。ライナスこそ水臭いんじゃねえか? 驚いたぜ。お姫様と、第一騎士だなんてよ」

 

 彼が本当に『教会士』であるならば、自分たちの正体を知っていても不思議はない。教会は王家の次に権威を持っている。ゆえに教会士の身分はそれなりに高い。城のどこかで顔を見られていたかもしれない。

 

「……オレたちの身分が分かっているのであれば、今自分がしている行為も分かっているな。オレの隣には王女がいる。銃を突き付けているおまえは、不敬罪で即座に死刑確定だ」
「おまえが引導を渡してくれるのかよ。銃の方が断然早いぜ?」

 

 夜の闇が緊迫する。その時メイベルとヘンリエッタの声が、同時に響いた。

 

「ライナス、だめっ。相手は王国の民よ!」
「シリル、相手は、騎士さまと王女さま……」

 

 それぞれの男の腕を、ぐっと抑える。ライナスは面食らって、メイベルを振り返った。

 

「姫、しかしこいつは動物虐殺の第一容疑者ですよ?」
「おいヘンリエッタ。こいつコソコソ跡つけてきやがったんだぞ、気持ちわりーと思わねえか?」

 

 シリルの言葉に、ライナスは怒りの目を向ける。が、メイベルの手に頬を挟まれ、無理やりそちらを向かされた。

 

「だめ。民は護るものよ。剣を向けるものじゃないわ。それにわたしたちだって悪いわよ。シリルに内緒で跡つけて。わたしはシリルが犯人じゃないって、何度も言ったでしょう? 第一、さっきのシリルの会話を聞くと、明らかに犯人じゃないわ。八つ当たりはだめよ」

 

 ライナスは言葉に詰まる。自分の側にはメイベルがいたのに銃を突きつけられ、腹が立ったのは事実だ。

 

「……申し訳ありません、姫」
「飼い馴らされてんなー、おまえ」
「シリルも、挑発しないで。とりあえず、話を聞かせてほしいの」

 

 メイベルはまっすぐに、シリルを見上げる。シリルは軽く肩をすくめた後、口を開いた。姫と騎士が味方になってくれるなんて、願ったり叶ったりだ。

 

 

 

 

 ヘンリエッタは木の下に座って、ぼうっと夜空を見上げている。シリルの話を聞き終えて、ライナスは眉を寄せた。
 だいたいの流れは納得できるが、そうでない箇所がいくつかある。表情を読み取ったのか、シリルは苦笑した。

 

「何でもいいぜ。質問しろよ」
「オレが見る限りあの双子は、兵力に乏しい。教会に忍び込み、幾重にも張られた封印をすべて破り、禁術書を盗み出せるとは思えない。それにイアンを倒して盗賊に盗ませたと言うが、イアンは巨漢の男だった。双子に倒せるとは思えない」
「ちょっと待て。おまえ、イアンのこと何で知ってる?」
「居合わせたのがオレたちだったからだ。アーネストに禁術書を渡したのも、オレたちだ」
「マジかよ」

 

 シリルは唖然とした。ライナスも同じ思いである。旅の行く先にことごとく、禁術書が出没する。――偶然にしては、出来すぎている。

 

「チ。糸を引っ張ってるやつがいるってことか」
「双子はそいつに協力してもらって、この計画を立てたと考える方が自然だな。もしくはそいつに利用されているだけか」
「心当たりは?」
「残念ながら」
「ラチが明かねえ。とりあえず今夜は家に戻って、双子を監視するしかないな。もしくは小突き倒して吐かせるか。お、こっちの方が手っとり早そうだな」

 

 シリルはやけに嬉しそうである。今までコキ使われた恨みだろうか。

 

「姫、今夜は家に戻りましょう。寒くはないですか?」
「うん大丈夫。でもシリルが本当にウィリアムたちを小突き倒しそうで怖いわ。あの子たちはまだ子供だし、利用されてるだけかもしれないのに……。冗談だと思うけど」

 

 思い切り本気だろう。メイベルを促しながら、ライナスは木の下で座り込んでいる少女を見た。

 

「彼女は?」
「ああ、ヘンリエッタだ。教会の連絡係。おい、いつまでぼーっとしてんだよ。おまえはジイサンに今夜のことを――」

 

 シリルは彼女を立ち上がらせようと、手を差し伸べた。ヘンリエッタの右手が持ち上がった直後、ふいに、声が響いた。
 同一の、二つの声音。

 

「こんな遅くに、お散歩?」
「綺麗な月だから、気持ちは分からなくもないけど」

 

 息を呑み、振りかえる。闇夜に映える、美しい双子が佇んでいた。
 写し取ったような笑みを浮かべて、ウィリアムとスチュアートは言う。

 

「僕らも仲間に入れてよ。――仲間外れは、嫌なんだ」

 

 

 

 

「ウィリアム、スチュアート……」

 

 メイベルは一歩、前へ出る。ライナスがとっさに動いたが、目で制した。

 

「わたしも、一緒にお話する方が好きだよ。だから、教えてほしいの。禁術書を盗んだのは、あなたたちなの?」
「あーあ、バレちゃった」

 

 ウィリアムはいたずらっぽく、笑った。

 

「うんそうだよ、僕らがやったんだ。すごいでしょ、メイベル?」
「忠告を聞かなかったね、シリル。キミは単純だから、予想できたけど。キミ程度の実力じゃ、僕らの敵にもならないから放っておいてあげたんだよ」
「それはとんだ計算違いだなぁ、クソガキども」

 

 シリルは口端を釣り上げつつ、睨みつける。メイベルは静かに続けた。

 

「わたしはとても悲しいよ、ウィリアム、スチュアート。どうしてこんなことをしたの? なにか目的があったの?」
「ごめんねメイベル。悲しませるつもりじゃなかったんだ。ほんとだよ」
「メイベルとライナスがここを訪ねてくることは、最初から知ってた。ライナスが薬を探してるっていう情報を手に入れたから、村人たちを操って、僕らのところへ誘導させたんだ。本当は僕たちは、薬師なんかじゃない。昔薬草集めをしてたから、まったくの無知ではないけどね。あの家も、メイベルたちが泊ってた村に近い場所へ、新しく造らせただけだ」
「村の人たちを……全員?!」

 

 メイベルは愕然とした。もうすでに、村人は『創り変え』られ、操られていたというのか。
 ウィリアムはにこりと笑う。その隣で、スチュアートは怖いほどに無表情だった。

 

「とても簡単に創り変えたんだ。『僕たちの命令に従え』って」
「必要だったんだ。――姫と、騎士が」

 

 スチュアートが短く言って、右手を差し出した。閉じていた拳を、ゆっくりと開く。

 

「僕らの悲願を、叶えるために」
「姫、お下がりください!」

 

 ライナスに肩を引かれた。スチュアートの掌から、キラキラと細かく、光が舞う。
 いや、あれは――粉?

 

(毒……?!)

 

 とっさにメイベルは、袖で口を覆った。

 

「大丈夫だよーメイベル。きみには何も、害はないよ。だってメイベルは、特別だもの」

 

 ウィリアムは笑う。『メイベルは』という限定に、青ざめた。
 視線を走らせた先、ライナスはすでに剣を抜き放っていた。いつもならば確実に相手の動きを制する速さも、だが今は、封じられていた。
 ライナスの肩が不安定に揺れて、かろうじて踏み止まる。うめき声が漏れて、剣が地面へ突き刺さり、それを頼るように片ひざをついた。メイベルはライナスに駆け寄って、肩を支える。彼の体が、震えている。
 そのままライナスは、苦痛に耐えかねたように気を失った。

 

「ライナス……! スチュアート、何をしたの?!」
「2段階の毒だよ。1段階目は、これまでリンメルの代わりに呑ませてた薬。今散らせた薬と反応して、全身の神経を圧迫し激痛を引き起こすんだ。ライナスは第一騎士だから、念のため仕掛けておいた。役に立って、よかったよ」
「こんなことやめて! お願い、すぐに解毒剤を――」
「今すぐに寄こせ、クソガキども」

 

 すぐ横で、強烈な殺気が肌を刺した。――シリルだ。
 剣呑な笑みを浮かべ、純白の銃口はすでに、寸分の狂いなく、双子へと向けられていた。

 

「寄こさねえと撃つ。オレにガキをいたわる心があると思ったら大間違いだぜ」
「構わない。僕らの目的はキミじゃない。メイベルと、ライナスだ」

 

 瞬間、銃口が火を噴いた。メイベルが短く叫び声を上げる。スチュアートのすぐ脇、垂れ下った枝の葉が一枚、ピシリと射抜かれた。

 

「次は当てるぜ」
「シリル! だめ、やめて!」
「姫さんは目でも瞑ってろ」
「いいよ、シリル。撃ってみたら? 撃てるものならね」

 

 スチュアートが挑発する。シリルは舌打ちし、再度引き金へ力をこめた。止めようとメイベルが手を伸ばした、その時。

 

「ヘンリエッタ……?!」

 

 愕然と、シリルが目を見開いた。彼女はシリルの背後にいたはずだった。けれど今、双子を庇うように、いつもと同じ無表情で、身を投げ出していた。
 とっさに弾道をずらす。空を貫いて音が響く。弾は彼女の右肩をかすめ、鮮血を散らした。シリルの腕が伸び、崩れ落ちる体を抱きとめる。
 だがその瞬間、ヘンリエッタの左手が翻り、ナイフでシリルの頬を切りつけた。

 

「つッ……! やめろ、ヘンリエッタ!」

 

 シリルは彼女の両手首をつかみ、動きを封じる。けれど相変わらず無表情で、ガラス玉のような両目が見返してきた。シリルは眉を寄せる。

 

「ヘンリエッタ、おまえ――」
「ありがとう、ヘンリエッタ。ちゃんと『命令』を聞いてくれたね。いい子だ」

 

 ウィリアムが嬉しそうに言う。シリルは凍りついた。
 まさか、ヘンリエッタはもうすでに。

 

「あ、もうこんな時間だ。そろそろ行かないと。スチュアート、『みんな』を呼ぼうよ」
「うん、そうだな。――出てきてくれ」

 

 スチュアートの言葉とともに、闇に無数の光が灯された。シリルはまぶしさに目を細める。同心円状に広がる、たいまつの炎。
 村人だ。
 その多さに、愕然とする。

 

「何人……いるんだ?!」
「近くの村だけじゃない。武勇名高い騎士と教会士を捕えるのに必要な分だけ、用意した」

 

 やがてたいまつの光に目が慣れてきた。村人の体がはっきりと見えるようになる。――息を呑むことしか、できなかった。
 爪が異常に延びた者。鋭い牙が顎の先まで伸びた者。異常なほどの大男、肘の先が剣に変化している者。男も女も、子供も老人も、すべてがうつろに、ただスチュアートの命令を待っていた。
 まさにそれは、異形の饗宴であった。無機質に炎を弾く両眼が、まっすぐに、こちらを見据えていた。
 呆然とするシリルの肩にきつく、掌が食い込む。見下ろすと、無機質なヘンリエッタの目が見つめていた。

 

「ヘンリエッタ。シリルはもう、始末していいよ」
「てめえらッ!」

 

 滾る怒りを叩きつける。だがヘンリエッタのナイフに襲われて、シリルは後退した。
 村人の包囲網が、狭まる。

 

「やめて! 目的はわたしとライナスでしょう? だったらシリルやヘンリエッタは関係ないわ!」
「やっぱりメイベルは可愛いなぁ。関係ない、つまりどうでもいいから、殺すんでしょ?」

 

 ウィリアムの無邪気な言葉に、メイベルは絶句する。
 シリルは唇をかみしめて、銃を構えた。村人を殺す訳にはいかない。ましてや、ヘンリエッタを手に掛けるなど。けれどそれ以外に、この局面を乗り越える手段が、あるのだろうか。

 

「そこの5人は、メイベルとライナスを拘束して、連れてきて。ライナスは気絶してるとはいえ、エオウィン家の騎士だ。油断しないように」

 

 スチュアートの指示で、村人がのそりと動く。メイベルはライナスをきつく抱きしめた。

 

 

 

 

第4幕【4】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第4幕【6】

 

 

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