ネット小説 【姫君と騎士の旅】 第4幕(6)

第4幕【5】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第4幕【7】

 

 多勢に無勢。この人数では、暴れても無駄だ。
 メイベルは大人しく、双子に従った。シリルは村人たちに囲まれたが、間一髪でその場から逃げ出すことができたようだった。
 メイベルたちが連れて行かれたのは、慣れ親しんだ双子の家だ。けれど、この部屋へは入ったことがなかった。
 長い階段を下りた先、ウィリアムたちの作業部屋である。

 

「ここ空気悪いんだ。換気はできるようにしてるんだけど、どうしても濁っちゃう。あ、ライナスはそこの柱に縛っておいて。メイベルはいいよ。もう抵抗する気力もないみたいだから」

 

 ウィリアムはにこりと笑う。メイベルは両腕を村人から解放された。ライナスを縛りつけたあと、彼らは部屋を出ていく。
 小さな部屋だった。汚れた机に、たくさんの瓶と、薬草が置いてある。二人は偽物の薬師だと聞いたが、一応仕事のようなことはしていたらしい。ランプの明かりが双子の影を延ばしていた。黒々と。

 

「さっきからだんまりだね。何を考えているの?」

 

 スチュアートは薄く笑う。メイベルはライナスと彼らの間に立つ。
 ライナスの目が覚めたら、活路が開ける。それまで時間を延ばさなければならない。
 メイベルは正面から二人を見つめて、淡く微笑んだ。

 

「何を考えていると思う?」
「どうして僕らがこんなことをしたのか、かな」
「少し惜しいわ。だってどれだけ考えても、その答えは思いつかないもの。わたしはあなたたちの過去を、何も知らない」

 

 彼らは恐らく孤児だ。そしてまだ幼い。酷く辛酸をなめてきたかもしれない。
 想像はいくらでもできる。けれど彼らの心の核心は分からない。

 

「だからどうしたらあなたたちが、それを教えてくれるのかを考えていたの」
「その答え、興味あるな」
「取引をしようと思うの」

 

 スチュアートはわずかに、眉を寄せた。

 

「この状況でかい? メイベル、君はもう僕らの手の中だ。出せるカードなんてない。話にならないな」
「スチュアートは賢いはずなのに、あまり状況把握ができないのね」

 

 わざと挑発する。案の定、ウィリアムが噛みついた。

 

「いくらメイベルでも、スチュアートを悪く言うのは許さないぞ!」
「素直な感想を言っただけよ。気分を悪くしたのなら謝るわ。でもわたしが王女だと知っていて、こんな方法しか取れないのは明らかに失敗だわ」
「それはどういう意味だよ」
「わたしならば大抵のことは叶えられる、ということよ」

 

 慎重に言葉を紡ぐ。ジジ、と蝋燭を食う炎の音が、壁を這った。

 

「望みは何? お金、宝石、地位。欲しいものを、何でもあげるわ」
「何それ。禁術書と引き換えに、ってこと?」
「それもつけてくれるのが一番だけど、とりあえずわたし達の――、村人も含めての、安全よ」
「……なーんだ。メイベルって、意外につまんない」

 

 ウィリアムの興が削がれていく。メイベルも、こんなことで取引できるとは思っていない。大事なのは『段階』だ。

 

「じゃあウィリアムたちは、何とだったら取引してくれるの?」
「僕たちが欲しいのは、お金なんかじゃ買えないよ。メイベルどころか女王さまも、叶えることなんてできないんだ」
「純粋に力が欲しいなら、一個師団をあなたたちにあげるわ。将軍の地位を渡してもいい」
「しつこいな、そんなんじゃないよ! 僕らはエーリカが欲しいんだ、地位とか力とか、そんなものはいらない!」
「ウィリアム!」

 

 スチュアートが叱咤する。ウィリアムは慌てて口を押さえたが、もう遅い。
 メイベルは眉を寄せた。

 

「エーリカって、お姉さんの名前よね。『欲しい』ってどういうこと?」
「メイベルには関係ないよ」

 

 スチュアートが冷たく言う。だがここで引き下がる訳にはいかない。糸口を掴みかけているのだ。

 

「今、エーリカは『いない』ということよね。誰かに拉致されているか……、それとも」
「うるさい、黙れ」
「もう、亡くなっているか」
「黙れと言っている!」

 

 がん、とスチュアートの拳が机に振り下ろされた。彼が感情を露わにすることなど、今までになかったことだ。
 メイベルは静かな声で、言う。

 

「そうなのね。もう、亡くなっているのね」
「……人の死を暴いて、満足か」
「何をもってしても――禁術を使っても、死者は蘇らないわ」

 

 スチュアートがゆっくりと、メイベルを見据える。彼と目が合った時、メイベルは全身に鳥肌が立った。
 あまりにも深い、空虚。すべてを諦め、絶望し、甚大な苦痛に絶え間なく襲われる、嘆きの色だ。

 

「エーリカは生き返るっ!」

 

 ウィリアムが叫んだ。スチュアートとは違い、絶望ではなく、希望を宿した瞳だった。

 

「禁術には特別な使い方があるんだ。それを『彼』が教えてくれる! 約束を守ったら教えてくれるんだ。それでエーリカを、生き返らせるんだ!」

 

 

 

 

 あんたたち、捨てられちゃったの?
 おなかが減ってるなら、うちに来なよ。

 

 

 ためらいなく、エーリカの手のひらは、ウィリアムとスチュアートに差し出された。彼女に導かれ、小さな家へ招かれた。
 エーリカの両親は優しかった。道に捨てられていた自分たちを、エーリカとわけ隔てなく、育ててくれた。
 けれど、死んだ。
 馬車に轢かれた。損傷が酷く、遺体を見せてもらえなかった。だから長い間、現実感がなかった。それはエーリカも同じだったかもしれない。
 エーリカは強かった。まだ10歳だったが、両親から教わった薬作りを一生懸命していた。だから自分たちも手伝った。毎日暗くなるまで、薬草を摘んだ。
 けれど、お金はすぐになくなった。
 村長から、面倒を見切れないと言われた。大きな街の孤児院を紹介された。孤児院の先生たちが優しかったのは、最初だけだった。
 毎日寝る間もなく働かされた。疲れて倒れたり居眠りすると、怠け者と罵られて何度も殴られた。小さい子にも容赦なかったから、何人も死んでしまった。それでもバレなかった。先生たちは表向きは優しくて、街の人たちから尊敬されていた。
 それでも自分たちは、幸せだった。お互いがいたからというのはもちろんのこと、いつもエーリカが一緒だった。エーリカは強く、明るくて、いつも笑顔だった。殴られても、自分たちには笑顔を向けてくれた。大丈夫だよ、と。

 

「誰が何と言おうと、僕たちは幸せだったんだ。……僕らが不幸になったのは、ある事件がきっかけだった」

 

 ウィリアムは両の掌を握りしめる。スチュアートは何も言わない。暗い目で、床を見つめている。

 

「たまたま先生の機嫌が悪くて、スープを零した女の子が殴られた。まだ5歳の女の子だった。すごく痩せてて小さくて、でも思い切り殴られた。死んじゃうんじゃないかと思った。でも、僕らこども達はただ、祈るように見守るしかないんだ。息を殺して、嵐が過ぎ去るのを待つしかない。でも、エーリカは違った。本当に殺される、と怖くなった時、女の子を庇うために、先生に体当たりしたんだ。そのあとのことは、言わなくても分かるかな。エーリカは先生の逆鱗に触れた。懲罰を受けることになった。真夜中、地下に呼び出された。エーリカは大丈夫だって笑ったけど、心配になって、僕らはこっそり様子を見に行った。地下にはもう、先生はいなかった。部屋に戻っていた。エーリカは、死んでた」

 

 寒々しく、ウィリアムの声が響く。

 

「死んでた。血をいっぱい流して。うつぶせで。目も口も半開きで。真っ白な顔をして。エーリカはもう、二度と僕らの名前を呼んでくれなかった。世界が真っ暗になって、それから真っ赤に染まった。難しいことなんて何も考えられなくて、先生たちのの部屋に火をつけて回った。先生は眠ってたから、手遅れになるまで気付かなかったみたいだ。僕らはエーリカを外へ運んだ。孤児院は全焼して、みんな死んだ」
「みんな……? 他の、こども達も?」
「うん。みんな」

 

 うっすらと、ウィリアムは笑う。

 

「僕らが怖い?」
「……うん。少しだけ」

 

 メイベルはぽつりと言った。
 胸の真ん中を冷たい風が通り抜けて、しみるように痛んだ。

 

(これが――王国の、現状)

 

 ウィリアムたちは加害者である前に、被害者だ。
 続いていく螺旋は今、すべてを呑みこもうとしている。

 

「でもさ、メイベル。ライナスがエーリカみたいな目に遭ったら、僕らと同じことするでしょ?」
「……分からないわ。想像もつかない。つくと言う方が、おこがましいわ」
「素直だね。次期女王として、『絶対しない』って言うかと思った」
「ウィリアムが本音を言ってくれたのだもの。わたしも嘘はつかないわ」
「ありがとう。でも僕、思うんだ。ライナスが僕らの立場だったら絶対、先生たちを皆殺しにしてる」

 

 メイベルは一瞬、息を詰めた。慎重に言葉を紡ぐ。

 

「ライナスも、その時になってみないと分からないでしょう?」
「僕は分かり切ったことだと思うけどな。そうだ、どちらが正しいか、試してみようか?」

 

 ウィリアムが一歩、近づいた。薄青い髪の下、歪んだ瞳が見つめている。

 

「もうすぐライナスの目が覚める。その時、メイベルは床に倒れているんだ。血が触手のように広がって、ライナスの足元へ伸びている。まるで助けを求めるように。でももう助けようがないんだ。メイベルは、死んでるんだから」

 

 ウィリアムの手が、メイベルの首筋をゆっくりとつかんだ。体温の高い皮膚。徐々に力が込められる。メイベルはそれでも、ウィリアムから目を逸らさず、抵抗もしなかった。
 ウィリアムは本気じゃない。
 これは、戯れ言だ。

 

「ほらほら、その辺でやめてくださいよ、ウィリアム」

 

 間延びした声が、ふいに割り込んだ。ウィリアムはハッと目を見開き、慌てて手を離した。軽く咳き込みながら、メイベルは扉を振り返る。
 あまりにも不自然なタイミングで現れた『彼』は、笑みを浮かべた。

 

「スチュアートも人が悪い。僕が傷つくのを知っていて、ウィリアムを止めなかったんでしょう?」
「……すみません。止めるタイミングがつかめなくて」

 

 愛想なくスチュアートが謝罪する。メイベルは現状がつかめず、唖然とした。

 

「……どうして、レイオンがここにいるの?」
「ふふ、まるでここにいちゃいけないような言い様ですね」

 

 掴みどころのない笑みを向けて、レイオンは言う。

 

「会いたいと思ったからですよ。『僕の婚約者』である、貴女に」

 

 

 

 

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