ネット小説 【姫君と騎士の旅】 第4幕(7)

第4幕【6】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第4幕【8】

 

「婚約者……?」

 

 メイベルはゆっくりと、目を見開いた。レイオンが突然現れたことも理解できないというのに、その発言は突飛過ぎる。レイオンはいつもと変わらない調子で、答えた。

 

「正確には婚約者候補、ですね。でも貴方の国は私を選ばざるを得ない。それほど、国力に開きがあるのですから」
「国、力」

 

 おうむ返ししかしないメイベルに、レイオンは苦笑する。

 

「じゃあもう正解を言っちゃいましょう。私はルガード帝国第13皇子、レイオン・ヴァン・ルガード。帝国一の放蕩息子とは、私のことですよ」
「え……え?!」

 

 あまりの発言に、メイベルは後ずさる。――ありえない。世界一の軍事力を誇るルガード帝国、その皇子がここにいるなんて。

 

「う、嘘だわ。だってどうして王国の、しかもこんな辺境に――。それに婚約者って」
「嫌だなぁ、嘘なんてつきませんよ。私は城を出てあちこちを旅しているから、城では不良皇子って呼ばれてるんです。で、この度あなたの婚約者候補となったので、遊びに来たんです。はい、これが証拠」

 

 レイオンはふところからエンブレムを取り出した。空を駆ける黄金の鷹。ルガード帝国の紋章だ。

 

「至金石(シキンセキ)で造られています。これを持てるのは、王家の者だけなんですよ」

 

 にこにこと上機嫌に、レイオンは話す。メイベルはじっとエンブレムを見つめた。確かに、至金石(しきんせき)でできている。一粒で城が買えるほどの超高級品だ。紋章も間違いない。

 

「……一人で来たの? 護衛もつけずに?」
「こう見えて強いのですよ、私は。自分の世話もできるし、供などいりません」
「いつからいるの? どうして行商人のまねごとをしていたの? 目的は何?」
「ふふ、そうですねぇ。ひとづつお答えしましょう。あなたが旅に出る直前から、王国にいます。行商人の振りをしていたのは、それが一番カモフラージュできて、あちこち回れるからですよ。そして目的はさきほど言いました。あなたに会うためです」
「帝国の皇子なら、こんな回りくどいことをしなくても城に来れば会えるわ。他に目的があるのでしょう?」

 

 メイベルはまっすぐに、レイオンを見つめる。彼の灰色の双眸に、ぞっとするような愉悦が滲んだ。

 

「その通り。その通りですよ。よく聞いてくれました、姫君」
「まさか、レイオン、あなた――」

 

 ある予感に行き当たり、メイベルは息を呑んだ。

 

「ウィリアムたちに、『生き返る』方法を教えると言った人間なの? 禁術書を盗んだ主犯も、あなた?」
「ええ、その通りです。我が姫は聡いお方だ。世界中に、帝国の諜報員がいる。王国の教会ですら例外ではない。その者の協力の元、厳重な結界を破り盗み出したのです。内からの協力者がいれば、脆いものなのですよ」
「どうして……?! 帝国の皇子であれば、禁術書の力など必要ないでしょう! 望めば何でも手に入るのだから!」

 

 レイオンはニィ、と笑みを刻む。

 

「実験が、したかったのです。『王家と騎士』という特殊な力と、禁術書を使って」
「実験? 私たちは、帝国の人形ではないわ!」
「人形ですよ。現にあなたたちは今、囚われている。何をしようと、私の自由だ」

 

 震えるほどの憤りに、メイベルはさらに言い募ろうとした。だがその瞬間、ビリ、と肌を焼く感覚に、言葉を詰まらせた。

 

(――何)

 

 果てのない闇を内包した、双眸。
 凍てつくような視線が、メイベルを縛りつける。本能的な恐怖が奥底から湧き上がる。

 

「スズメが鷹に、勝てると思っているのか」

 

 喉の奥で、レイオンは嗤う。声の質が変わった。茫洋とした行商人から、冷酷な皇子へと。
 これが、彼の、本質。

 

「おまえは私の女だ。持ち主の言うことに従い、悦ばせるのが、ただ愛らしいだけの人形の、ささやかな務めであろう」

 

 

 

 

 ライナスは重い瞼を持ち上げる。ひやりとした石の床。光量が極端に少ない。
 吊り下げた鎖に、両手首を拘束されている。指先に血の気はなく、痺れていた。長い時間、この態勢にさせられていたのだろう。

 

「……姫……?」

 

 呟きはかすれきって、静かに消えた。
 狭い部屋だった。他に誰もいなかった。光源は床に置かれた小さなランプ。窓はなく、正面に頑健な鉄扉があった。恐らく地下牢だ。
 ふいに襲った頭痛に、ライナスは眉を寄せる。まだ薬の影響が残っている。だがいつまでも囚われていてはいけない。気を失ってから、どれくらい経っている? 焦燥感に心が焼ける。メイベルは、どこにいる。
 その時つんざく音とともに、鉄扉がゆっくり開かれた。

 

「おはよう、ライナス。もう起きたんだ」
「さすがに早いな」

 

 スチュアートが固い表情で、後ろ手に鉄扉を閉めた。対照的な明るさで、ウィリアムはライナスの正面に片ひざをつく。

 

「気分はどう? やっぱりまだ体中痛む?」
「……姫をどこへ連れて行った」
「怖い目。同じ家の中にいるよ。ライナスは地下室、メイベルは2階の部屋だけどね。怪我なんてさせてないよ。ちゃんと無事。傷つけたのはライナスとシリルだけだもの」

 

 クスクスと笑いながら、ウィリアムは言う。その言葉も、どこまで信用できるか分からない。ぐ、と腕に力を入れるが鎖が鳴るだけで戒めは解けない。
 スチュアートが静かに口を開いた。

 

「王女にはルガード帝国第13皇子がお側にいる。危害を加えることは、決してない」
「帝国の皇子……?!」

 

 ライナスは息を呑む。予想すらしなかった名だ。一体なぜ、他国の――最大の軍事国家の皇子がここにいるのだ。
 スチュアートの表情は変わらない。少女のような薄紫の瞳が、冷たい光を孕んでいた。

 

「彼の名前はレイオン。メイベル王女の婚約者だよ」
「は……?」

 

 頭の中に、空白が落ちた。
 それから徐々に、スチュアートの言葉が黒々と、とぐろを巻いてゆく。

 

(レイオン――は、あのいけすかない行商人の名前)

 

 彼が帝国の皇子で、そして。
 メイベルの、婚約者?

 

「メイベルにとって、人生の伴侶がそばにいるわけだから、これほど安心なことはないだろう? レイオンは腕も立つし、人柄も立派だよ」
「……ちょっと、待て。レイオンだと……?」

 

 徐々に、熱い塊がせり上がってくる。
 それは怒りとしか呼べない激情だった。

 

「おまえたちは共犯だということか! 教会士を幾人も殺め、禁術書を盗み出し、王国民を踏みにじり、そして――」

 

 鎖が激しく音を立てる。

 

「姫を危険に晒し、攫うなど! そのような奸賊が姫の婚約者だと? ふざけるな!」
「今の自分の立場を、きちんとわきまえてる? 君は負けたんだよ、ライナス」
「姫に一筋の傷でもつけてみろ。おまえたちを殺してやる……!」
「神聖なる騎士の言葉じゃないな。雑談はここまでだ。ウィリアム、始めよう」

 

 ウィリアムは頷き、立ちあがる。その手には古びた書物があった。
 荒れ狂う激情に支配された脳は、それが『何』であるか、瞬時に認識できなかった。
 だから気づいた時にはもう、――遅かった。

 

 

 

 

「……光の神よ」

 

 書物が開かれ、ウィリアムの掌がかざされる。
 ほのかな青色の光が、薄暗い空間にともった。その時初めてライナスは、顔色を変えた。

 

「我は乞う、破壊の裁き、枯れ果てさすらう旅人の、その身を捧げし禁術の、嘆きの涙とこの唄を」
「我は願う、創造の償い、果てなくたゆたう大海に、その身を捧げし禁術の、神を讃えしこの唄を」

 

 淡々と、二つの声が響いてゆく。青い光はゆっくりと膨らみ、幻想的な美しさを増していく。

 

「禁じられし創造の御手、闇を斬り裂く光のごとく」
「今我らの手は神の御手、空を破りさる光のごとく」

 

 ――禁術。
 肉体と、精神をも創り変え、狂気の怪物を生み出す。
 青い光の触手が伸びて、流星群のように薄闇を走る。ライナスは唇をかみしめる。視界が青に染まり、骨と肉が無理やり引き伸ばされ、砕かれるような激痛が、体中を埋め尽くす。

 

(姫――)

 

 激痛によって明滅する視界に、彼女の微笑みが映る。
 見知らぬ男性と結ばれても良いと思った。けれどそれはメイベルの幸せのためだ。笑顔のためだ。このようなこと、許されない。

 

「我は今、創造する」
「輝ける、神の子を」

 

 負けない。
 この心は絶対に、創り変えさせない。
 たった一つの誓いを、忘れはしない。

 

 

 

 

第4幕【6】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第4幕【8】

 

 

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