ネット小説 【姫君と騎士の旅】 第4幕(12)

第4幕【11】 ネット小説【姫君と騎士の旅】 第4幕【13】

 

 強烈な青い光が、視界を焼いた。
 ウィリアムから発せられている。以前ライナスが受けた光の規模とは明らかに、違う。
 暴走している?

 

「ウィリアム……!」

 

 ライナスは光の中に手を伸ばす。けれど弱った体はうまく言うことを聞いてくれず、空を掻いた。

 

「我は今、創造する」

 

 喜びに満ちた、詠唱が聞こえる。ライナスの隣で、顔色の失せたレイオンが怒鳴りつけた。

 

「馬鹿な……! ウィリアム、おまえ、そのような愚かなことを!」

 

 ウィリアムへ向けて、忌々しげに手を伸ばす。けれどそれが届く前に、ウィリアムは最後の呪文を口にした。

 

「――輝ける、神の子を」

 

 青い光が、爆発した。

 

 

 

 

 レイオンは絶叫した。
 青い光の中、彼の影が身悶えていた。骨が変形し、肉が裂け、盛り上がった。そのたびに、ぐちゃぐちゃと音が響いた。それでも彼は、生きているようだった。

 

「エーリカ。エーリカぁ」

 

 嬉しそうに、何度も、ウィリアムは名前を呼んでいた。
 ライナスはもう、何もできなかった。手遅れだった。呆然としている間に、すでにウィリアムの創り変え作業は終わりに近づいていた。
 だがライナスは気付く。あの影は明らかに、女性の輪郭ではない。いやむしろ、人のそれですらない。

 

(何だ、あれは)

 

 冷えた汗が流れる。
 光が徐々に薄れてゆく。姿が露わになってゆく。
 『それ』は天井に届くほど巨大な、肉の塊。
 赤黒く、何本も触手を伸ばしている。とても人とは呼べない、グロテスクな、『化け物』。

 

(まさか――失敗?)

 

 戦慄とともに、ライナスは事実に気づく。
 以前ライナスの前で行ったものが正式な術であるならば、本来は、二人で行うものだ。ウィリアムの異常な精神状態も、失敗を引き起こした要因かもしれない。
 とにかくウィリアムは『失敗』した。
 以前レイオンであったはずの、巨大な肉塊が創り出されただけだった。

 

「エーリカ? エーリカは?」

 

 無防備に、ウィリアムが肉塊へ近づくのが見えた。ライナスは顔色を変える。

 

「離れろ、ウィリアム!」

 

 声は届かなかった。凄まじいスピードで触手が伸び、ウィリアムをあっけなく弾き飛ばした。壁に打ちつけられて、床に転がったあと、ピクリとも動かない。
 ライナスは、苦痛を訴える体に鞭打って、ウィリアムの元へ駆け寄ろうとした。だがその時、肉塊の真ん中が、ぽこりと開けいた。
 口だ、と理解するのに、数秒かかった。
 そしてそこから、耳を覆うばかりの絶叫が、迸った。

 

「ぐ……っ!」

 

 激烈な怒りと、狂気。
 叫びとともに迸る激情に、体を打たれる。ライナスはきつく、唇を噛みしめた。駄目だ、聞いてはいけない。この声は。
 同じく『創り変え』られた心が、共鳴してしまう。必死に繋ぎとめている理性へ、総攻撃を仕掛けてくる。ライナスは片ひざをついた。立っていられない。
 両手で耳を塞ぐ。
 いけない、このままでは、呑み込まれてしまう――

 

「ライナス!」

 

 鮮明な声が、耳を打った。
 ライナスは目を見開く。
 地獄のような空間に、清廉な存在感を、五感すべてで感じる。
 魂の底から、喜びで震える。無事だった。出会うことができた。また再び、あの笑顔を見られる。柔らかい体を、抱きしめて――

 

( 血ダ )

 

 ―― 違う。
 突き破る狂気を、ライナスは抑え込む。

 

( 血ガ、欲シイ )

 

 違う。違うんだ、自分が欲しいものは、それじゃない。

 

「スチュアート、ウィリアムがあそこに……!」
「ウィリアム?!」

 

 足音が一つ遠ざかり、そしてもう一つが近づいてくる。パタパタと、駆け寄ってくる。

 

「ライナス、大丈夫?」

 

 メイベルの手が、ライナスの肩を支える。
 とけるような甘い香り。

 

「たいへん、腕から血が……! 待ってて、今、止血をするわ」
「ひ、め……」

 

 ライナスはきつく、眉を寄せる。優しく触れてくる、メイベルの手が――、それを愛しいと感じる自分の心が、理性を繋ぎとめる。
 傷つけたくない。
 ただ、大切にしたい。

 

「……姫」
「ら、ライナス?」

 

 メイベルが戸惑いの声を漏らす。ライナスが腕を伸ばし、すっぽりと、メイベルを抱きしめたからだ。

 

「ライナス、傷が痛いの……?」
「いえ、もう……痛みません」

 

 体は苦痛を訴えている。
 暴走しようとする狂気が、暴れている。

 

「ここから、逃げないと……。あの大きなのは、何? あれに傷つけられたの?」

 

 メイベルが肩越しに振り返り、『レイオン』を見た。声に、困惑が滲んでいる。彼女の不安を消し去りたくて、優しく髪を撫でた。

 

「大丈夫です。私があれを倒しますから、その間にお逃げください」
「でも、あんなに大きいものを……!」
「ご心配なさらずに。すぐに追いつきます。ウィリアムも怪我を負っていますから、スチュアートと二人で運んでやってください」

 

 ライナスは微笑む。メイベルは迷うような表情の後、しぶしぶ頷いた。

 

「でも……良かった」

 

 安堵の息とともに、花がほころぶように、微笑む。

 

「ライナスが、もとに戻ってくれて」

 

 ――甘い香りが、狂気を悦ばせる。
 この笑顔を護るために、もしかしたら自分は二度と、メイベルに近づくことができないかもしれない。
 この手を離したら、もう二度と、触れることができないかもしれない。
 たとえ禁術が解けても、一度発症した禁断症状が、治らないのであれば。

 

「……姫……」

 

 メイベルの頬を掌で包む。翆玉の瞳は、ひたむきにライナスだけを映している。それだけで、胸が締めつけられるほど、幸福を感じる。
 もう会うことを許されないのなら、せめてこの心だけは、メイベルの中に、残してほしい。永遠に、護りたかった。一番近くにいたかった。こうして触れていたかった。初めて出会った時から、ずっと、姫のことを。

 

「……私は、貴女を――」

 

 その時視界に、激しく蠢く『レイオン』の触手が映った。きゅ、と縮んだあと、凄まじいスピードで、こちらへ伸びてくる。
 ライナスはとっさにメイベルを抱きこみ、床へうずくまった。瞬間、容赦ない力で触手が右の背中を穿った。

 

「ライナス……!」

 

 腕の中で、メイベルが悲鳴を上げる。
 大丈夫だ。触手は貫通していない。メイベルを、傷つけていない。
 最初の1本が背中を離れた直後、さらに幾本も、凄まじい速度でライナスの背中に突き立てられた。
 皮膚を突き破り、肉を食らいながら暴れまわる。激烈な痛みと、炎を背負ったような熱さが駆け巡った。

 

「嫌……嫌ああああっ!」

 

 メイベルが恐慌をきたしている。ライナスの肩から顔半分が出ているから、今の光景が見えているのだろう。ライナスは何も見えないよう、彼女の頭を押さえて、胸の中へ抱きくるんだ。
 今、この時を凌げればいい。『レイオン』はウィリアムに襲いかかった後、しばらくは動かなかった。静と動を繰り返すのだ。動きが止まった時まで、この体がもてばいい。メイベルを逃がして、自分は残り、『レイオン』を刺し違えてでも、倒す。

 

「ライナスだめ、お願い離して! ライナス!」

 

 引き裂くように、メイベルが叫ぶ。
 ライナスはわずかに微笑んだ。――離せるわけがない。

 

「このままじゃ死んじゃう……! ライナス、こんなの、嫌だ……!」

 

 メイベルが腕の中でもがく。もしかしたら、泣いているかもしれない。泣かせたくないのに。
 触手の攻撃はやまない。狂気じみた怒りをぶつけているようだった。レイオンの心は今、『あれ』の中にあるのだろうか。
 痛みをだんだん、感じなくなってきている。意識に霞がかかっている。気を失うわけにはいかない。抱きしめている体が暖かくて、かろうじて意識を保っていられる。

 

 その時ふいに『唄』が聞こえた。

 

 最初は空耳かと思った。けれど違った。唄う二つの声に、聞き覚えがあった。その、詞(ことば)にも。

 

(嘆きの涙)
(償いと破壊)

 

 乞い、願う。
 青い光。それは創造、禁術の輝き。

 

「禁じられし創造の御手、闇を斬り裂く光のごとく」
「今我らの手は神の御手、空を破りさる光のごとく」

 

 ウィリアムとスチュアートは、互いの両手を固くつなぎ合わせ、最後の禁術を今、発動する。

 

「我らは今、創造する」
「輝ける神の子ら――、『我ら自身』を」

 

 

 

 

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