ネット小説 【姫君と騎士の旅】 後日談 -訪問記- その1 薬師の場合

終章 ネット小説【姫君と騎士の旅】 後日談 -訪問記- その2

 

「で、まだ旅を続けてるの?」

 

 メイベル作のクッキーを頬張りながら、ウィリアムはのんきに言った。
 人数分の紅茶を注ぎつつ、メイベルは頷く。

 

「うん、そうなの。1回はお城に戻ったのだけれど、実はまだ旅の半分も、消化してなくて」
「ふーん。旅って大変なんだね」
「おまえらのせいでな」

 

 ライナスが口を挟むと、ウィリアムの頬が引きつった。彼がこの話題に弱いことを、ライナスは知っているのだ。
 隣でメイベルが頬を膨らませる。

 

「もう、ライナスはいつもウィリアムを苛めてばかりね。そのことはもう言わないって約束したでしょう?」
「そーだそーだー! …………ご、ごめんなさい」

 

 尻馬に乗りかけたウィリアムが、途中で意気消沈した。ライナスが不穏な笑みを浮かべつつ、睨んできたからだ。
 スチュアートが溜息をつく。

 

「その辺にしておいたら? 紅茶が冷めるよ」
「スチュアートの言う通りよ。ライナスは時々コドモみたいになるから困るわ」

 

 メイベルがクッキーを口に含みながら言う。すると不意に、隣からライナスの指が伸びてあごを攫われた。

 

「ついてますよ、姫」
「…………っ?!」

 

 唇に残ったクッキーのかけらを、ライナスの舌がペロリと掬いとったものだから、メイベルは真っ赤になってしまう。

 

「ら、らいなす……!」
「これくらいで赤くなる姫は、世界で一番愛らしい」
「だ、だからそういうことじゃなくて……! ウィリアムたちが見て、……んっ、――」
「――。……ああ、忘れてた。そういえばいたな」

 

 メイベルの唇をやっと解放して、ライナスは真顔で言う。きっと本当に、意識の彼方へ消し去っていたのだろう。
 慌ててメイベルがウィリアムたちを振り向くと、スチュアートがウィリアムの目を両手で塞いでいた。

 

「えっ、なになに? いきなりどうしたのスチュアート?」
「大人の事情だ。……ウィル。やっぱり僕は、ライナスとメイベルをうちに泊めるのは反対なんだけど」
「え、どうして? やだよ僕、スチュアートとメイベルとで、川の字で寝るんだっ」
「冗談は死んでから言えガキ」

 

 氷点下の声が突き刺さり、ウィリアムに鳥肌が立った。スチュアートは手を離し、ライナスを冷ややかに見る。

 

「僕らの家は、オトナ禁制だよ」
「分かってないな、スチュアート」

 

 ライナスは薄く笑った。

 

「私も男だ。準備を万端にした上で臨む。ガキの住む家でなど、言語道断だ」
「ふうん。めんどくさそうだね」
「ねえ、何の話?」

 

 メイベルとウィリアムの声が、仲良くかぶった。

 

 

 

 

「こうして見ると、やっぱり綺麗ね」

 

 満点の、星の下。
 黒い翼にそっと触れながら、メイベルは微笑んだ。

 

「気を悪くしたら申し訳ないけど、まるで天使みたいだわ」
「……ううん。嬉しいよ。ありがとう」

 

 そっと微笑んで、スチュアートは言った。
 夜空よりもさらに深く、闇色の翼が風に揺れる。ここは一面の花畑だ。ほのかな香りが舞い、月光が優しく降りている。

 

「ウィリアムも、最近やっと元気になったんだ。笑うようになった。特に今日は。……来てくれてありがとう、メイベル」
「よかった、そう言ってもらえて」

 

 ウィリアムとライナスは、離れた場所で遊んでいる。今ちょうど、ライナスがウィリアムを小突いてコケさせたところだ。

 

「僕らに笑う資格があるとは思えない。これから先、罪を背負って生きていく。でも、ああしてウィルが笑っていると、僕も嬉しいんだ」
「そうだね。わたしも二人のことが好きだから、楽しくしているのがいいな」

 

 二人がしたことは決して許されることではないだろう。それを深く理解した上で、メイベルは言葉を紡ぐ。

 

「だから時々、遊びに来てもいい? 今度は新作お菓子を披露したいわ」
「……うん。待ってる」

 

 スチュアートはかみ締めるように、答えた。
 風が静かに、夜を揺らす。流れ星が二つ、落ちてゆく。
 落ちた先に、荒れることのない湖があることをメイベルは祈った。

 

 

 

 

終章 ネット小説【姫君と騎士の旅】 後日談 -訪問記- その2

 

 

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