ネット小説 【姫君と騎士の旅】 クリスマス企画2013 掌編

後日談 -訪問記- その4 ネット小説【姫君と騎士の旅】 

 

 旅が、終わった。
 久しぶりに見た都は、相変わらず華々しく、喧噪にあふれ、そしてとても懐かしい。

 

「帰ってきたね」

 

 感慨深く、メイベルは言った。翠玉の瞳が、濡れた輝きを帯びている。

 

「早くお母様に会いたいわ。マルセルやリネット、みんな元気かしら」
「女王はともかく、王子とリネットはすこぶる元気だと思いますよ。あの二人は外見に似合わずやたら丈夫ですからね」
「そうね、あの二人は本当にすごいわ」

 

 メイベルは微笑む。純真な姫はいつも、ライナスの言葉をいいように取ってくれる。
 城内の裏口にメイベルをエスコートしながら、言った。

 

「そろそろクリスマスパーティの時期ですね。今年はどのような趣向になるのでしょうか?」
「ああ、もうそんな季節なのね。確か2年前は大食い競争だったかしら。意外にもアーネストが優勝したのよね」
「あの体にどうしてあれだけのものが入ったのでしょうね……」

 

 2年前のことを思い出して、ライナスはうんざりした。従兄弟であり、優秀な軍人でもあるアーネストが、涼しげな顔で食べつくした
量を思い出すだけで、気持ち悪くなる。
 城のクリスマスは、いつも変わったパーティが催される。大半の人間は楽しみにしているのだが、ライナスはどうも苦手だ。そんなことをしている時間があるのなら、メイベルと2人きりでイブをゆっくりと過ごしたい。が、アーネストに言わせればそれは邪念以外何物でもないらしい。

 

「ああでもライナス。どんなパーティになっても、ちゃんと見学しているのよ。その怪我が治るまで、無理して動いては駄目よ」
「これくらい大丈夫ですよ」

 

 ライナスは左腕を持ち上げた。手首から肘まで、包帯に覆われている。最近立ち寄った村で火事があり、家屋に残された子供を助けに行って、不覚にも火傷を負ったのだ。
 メイベルは首を振った。

 

「駄目よ。これは命令です」

 

 こういう時のメイベルは、テコでも動かないことをライナスは知っている。仕方なく承諾した。

 

 

 

 

 

 当日の夜。
 メイベルは豪奢な仮面を被って、ホールにいた。

 

「おお。さすがは姫と王子だ」
「何と美しい」

 

 メイベルと、弟のマルセルがホールに足を踏み入れた途端、あちこちから感嘆の声が漏れた。
 メイベルはマルセルにこっそり耳打ちする。

 

「どうしてすぐにバレたのかしら。仮面を被っているし、髪も結ってあるから、わたしたちだと分からないはずなのに」
「きっと不思議に思っているのは姉上だけですよ」

 

 マルセルは面倒くさそうに言った。
 クリスマスパーティは、誰が考えたのか分からないが、仮面舞踏会になった。皆おそろいの黒いドレスとタキシードを身にまとい、髪をまとめ、仮面を被っている。その為、一見すると誰が誰だか分からない。
 さすがに、よく見知っているライナスやアーネスト、リネットなどは背格好ですぐに分かったが、他の者はよく分からないというのが本音だった。

 

「姫。どうぞ私と踊ってください」
「いや、私と」
「姫、私ともお願いします」

 

 あっという間に、メイベルは男性に囲まれてしまった。王家の者と踊れる機会なんてそうそうない。普通の舞踏会であれば、有力な貴族がその役目を独占するのだが、仮面舞踏会ともなれば、いわば誰でもオッケーの状況である。何しろ、どの仮面が有力な貴族なのかなんて誰にも分からないのだ。
 戸惑って隣を見てみると、マルセルも同じような状況だった。他の兄弟たちも囲まれているが、一番人だかりができているのはメイベルとマルセルである。
 マルセルは、予想通り不機嫌な表情だ。どうするのかと思いきや、並み居る女性たちをすり抜けて、入り口付近にぽつんと立っていたリネットの腕をつかんだ。

 

「踊れ」
「えっ、えっ、マルセルさま?」

 

 リネットは慌てている。「そんな、マルセルさま」「あの方は一体誰なのよ」と口々に不満を漏らす女性たちを、マルセルは氷の視線 で黙らせた。
 メイベルは感嘆の溜息を漏らす。さすがマルセルだ。ああいう風に振る舞えば、余計な混乱は起きない。メイベルも真似をしようとし たが、そもそも踊る相手が定まらない。それ以上に、せっかく申し込んでくれている男性たちを無下に断ることはできなかった。列をな す仮面たちを前に、メイベルは途方に暮れる。

 

 

 

 

「予想通りの展開だな」

 

 その様子を遠目に見ながら、アーネストは笑った。ライナスは全く面白くなくて、無言でグラスワインを口に含む。

 

「王子は賢い。リネットなら後腐れないし、後で王子の第一騎士と知れればおかしな噂や、リネットに対する非難は立たないだろう。何 しろ面倒くさくない。おいライナス、おまえに姫からのお声は掛からないのか?」
「ないな。コレのおかげで、絶対安静を命じられてる」

 

 不機嫌に左腕を持ち上げた。アーネストは肩をすくめる。

 

「我慢の夜だな」
「とんだクリスマスだ」

 

 ライナスはワインをあおる。すると、二人の女性が近づいてきた。自分たちと同じ歳の頃だ。

 

「まだお相手がいらっしゃらないのですか?」
「もしよろしければ、わたくしたちと踊ってくださいませんか?」

 

 仮面をつけているので、どの家の女性なのか分からない。が、女性の誘いを断るのは無礼にあたる。アーネストはにこりと笑った。

 

「喜んで」

 

 一人の女性の手を取り、甲に口づけて、ダンスの輪の中へエスコートしていった。内心は面倒に思っているだろうに、おくびにも出さ ないところはさすがである。
 ライナスは仕方なく、もう一人の女性に微笑みかけた。

 

「申し訳ありません。踊りたいのは山々なのですが、あいにく腕に怪我をしておりまして、お相手ができない状態なのです」

 

 この時ばかりは怪我に感謝である。しかし、女性はホッとした表情を見せた。

 

「そうなのですね。良かった、わたしはあまりダンスが得意ではないのです。もしよろしければ、お話のお相手をしてくださいませんか ? 一人で立っているのは心細くて」
「……。もちろんです」

 

 一瞬表情に本音を出しかけたが、引っ込めた。社交の場ではアーネストを見習うようにしている。メイドからグラスを受け取り、女性 に渡しつつ、近くの長椅子にエスコートした。仮面舞踏会なので、自己紹介はいらないだろう。

 

「それにしても、姫さまと王子さまは、さすがとしか言いようがありませんね」

 

 女性は半ば溜息をつきつつ、そう言った。

 

「仮面をつけていても溢れ出る美しさが違いますね。他のご兄弟も美しい方ばかりですけれど、やはりメイベルさまとマルセルさまは別 格です」
「確かに姫は別格ですね」
「次期女王はメイベルさまですし、マルセルさまは100年に一人の逸材とまで言われているお方。人気が高いのも頷けますわ」

 

 ライナスは内心眉をひそめた。このような公式の場で、王族に対して「人気」などという言葉を使うなんて、品がないにも程がある。
庭先の噂話と同じ感覚なのだろうか。残念ながら、彼女の相手は噂好きの友人ではなく、メイベルの『第一騎士』である。
 ライナスはメイベルへ視線を移した。もう何人の男性と踊ったのだろうか。仮面の上からでも、疲れが出ているのが分かる。
 内心舌打ちする。あそこに群がる男どもは、姫に負担を掛けていることに誰一人として気づいていないのか――。

 

「でも、皆が言っておりましたの。次期女王に、メイベルさまでは不安が残ると。実はわたしも、同じことを思っておりまして」

 

 ライナスは一気に引き戻された。ライナスの変化に気づかず、彼女はメイベルを見ながら話を続ける。

 

「いくらご長子といっても、あのご気性でしょう? 重責である女王の座は、務まらないのではないかと専(もっぱ)らの噂です。あの ご様子を見る限り、噂は正しいとわたしお思います。あのように、男性に囲まれてあたふたしていらっしゃるなんて……。でもマルセルさまはすぐに切り抜けていらっしゃいましたね。やはり逸材と言われているマルセルさまの方が、王の座にふさわしいのかもしれません わ」
「――成程」

 

 自分が今どのような表情をしているのか、分かる。分かるが、どうしようもできない。
 第一騎士であるライナス・エオウィンが、姫を溺愛しているということは周知の事実なので、ここまで赤裸々に姫の批判を聞いたのは初めてだった。
 ライナスの不穏な空気を感じ取ったのか、女性は話をやめてこちらを見た。ライナスはもう、アーネストの真似事をしようなどと、微塵(みじん)も思っていなかった。仮面越しでも溢れ出る、ライナスの怒りを感じ取り、女性は怖気づく。

 

「貴女が、姫のご器量をこのようなごく狭い場面でしか量っていらっしゃらないことは、よく分かりました」
「わ、わたしはそのようなつもりでは」

 

 女性は慌てて弁解しようとする。ライナスは立ち上がった。

 

「姫は誰のことも、選ばないし見捨てない。全て皆、王国の民だからです。だから有象無象を見極めて、姫の周囲から蹴散らすのは誰の役目なのかお分かりか」
「さ、さあ――、あ、でもそれは」

 

 女性は、何かに思い当たって、サっと顔色を変えた。ライナスは冷酷に彼女を見下ろし、言う。

 

「それは、姫の騎士である私の役目だ」

 

 

 

 

 これで何人目だろうか。
 メイベルはヘトヘトだった。先ほどから休む間もなく、男性と踊っている。ダンスは好きだが、体力がある方ではない。しかも、二日前に旅から帰ったばかりだ。疲れは蓄積されている。
 早く終わらないかしら――と思いかけて、メイベルは首を振った。皆が楽しんでいるのだから、自分も精一杯それに応えなくては。貴族達は普段から鬱屈することの多い毎日を送っている。このような場がストレスの解消になるのであれば、思い切り楽しんでもらいたい

 メイベルは疲れを押し殺して、次の仮面に微笑みを送った。
 その時である。背後に気配を感じた途端に、メイベルのハイヒールが、後ろからコツンと蹴られた。

 

「えっ?」

 

 間の抜けた声しか出なかった。バランスを失って、そのまま後ろに倒れこんだメイベルは、そのままライナスの腕の中に落ちた。

 

「喋らないでください」

 

 耳元で、ライナスが囁いた。皆、びっくりしてこちらを見ている。次に、ライナスの声がホールに響いた。

 

「姫、大丈夫ですか?! これは顔色が悪い。大変だ、すごい熱だ! すぐにお部屋にお連れしましょう。皆さん、どいてください!」

 

 皆が慌てて道を開けた。ライナスはメイベルを抱いたまま、風の速さでホールから出ていった。残された仮面たちは、ただ見送ることしかできなかった。
 マルセルとアーネストだけが、呆れた溜息をついたり、苦笑したりしていた。

 

 

 

 

「もう、ライナス。どうしてあんな事をしたの? みんな楽しんでいたのに、台無しになってしまったわ」

 

 メイベルの自室である。彼女は怒っていた。
 予測できたことだったので、ライナスは動じない。

 

「姫の健康管理も、騎士の役目です」
「それにしても……わたしは、最後まで頑張りたかったのよ」
「お気持ちはちゃんと分かっておりますよ」

 

 ライナスはメイベルを長椅子に座らせた。

 

「でも、姫がお辛そうで、見ていられなかったのです」
「……ライナスには、何でも見破られてしまうのね」

 

 観念したように、メイベルは微笑んだ。

 

「確かに疲れていたわ。この前旅を終えたばかりだし。……それにね、夜遅くまでこれを作っていたの」

 

 メイベルはチェストから何かを取り出して、ライナスの前で広げた。
 暖かそうな、濃紺のマフラーだった。

 

「どうぞ、ライナス。クリスマスのプレゼント」

 

 ライナスは驚いて、しばらく声も出なかった。メイベルは微笑んで、ライナスの首にマフラーを掛けた。

 

「ああ、やっぱりライナスには、こういう色が似合うわ。少し網目が違ってしまったところもあるかもしれないけれど……ごめんなさい。編み物は久しぶりだったから、何度もやり直したの」
「……姫」

 

 気づけばライナスは、メイベルを抱きしめていた。

 

「とても嬉しいです。ありがとうございます」
「お礼を言うのはこちらの方よ。長い旅を最後まで務めてくれて、本当にありがとう」

 

 抱きしめられたまま、メイベルはポンポンと、ライナスの背中を叩いた。
 ただでさえ薄いライナスの理性が飛びそうになったが、大事なことを思い出して何とか繋ぎとめる。

 

「姫。私からもプレゼントがあるんです。受け取って頂けますか?」
「本当に? 嬉しいわ」

 

 ライナスは懐から小さな小箱を取り出した。可愛らしいピンクのリボンが掛けてある。
 メイベルが開けると、美しい輝きを放つ指輪が現れた。驚いて、ライナスを見上げる。

 

「ライナス、これは――」
「姫と騎士が結ばれることは禁じられている。それは充分、分かっています」

 

 ライナスは指輪を手にして、微笑んだ。

 

「ただ私は、姫の一番近くにいたい。時間の許す限り抱きしめていたい。だから――」

 

 メイベルの、赤く染まった頬に口づける。甘い香りに、眩暈がした。

 

「私と2人きりでいる時だけ、この指輪をつけていてください。貴女が私のものだと、思えるように」

 

 薬指に指輪を、静かに差し込む。
 一国の姫に対して、実は物凄いことを言っているという自覚は、ライナスにない。
 けれどメイベルは、頬を染めながら小さく頷いた。
 そして愛しい騎士からの優しいキスを、そっと受け入れた。

 

fin.

 

 

 

 

後日談 -訪問記- その4 ネット小説【姫君と騎士の旅】 

 

 

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